お前ら、全員グルか! ( in バラナシ ) | アルプスの谷 1641

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1641年、マレドという街で何が起こり、その事件に関係した人々が、その後、どのような運命を辿ったのか。-その記録

 
 さて、バラナシに着いた時、何が起こったかをお話しなければなりません。
 
 女性たちのグループとお別れした後、彼女たちのインド人ガイドさん
 
のアドバイスに従って、私はすぐに駅のチケット・オフィスに向かいました。
 
 そこには、先に列車の中でお会いしたTさんか来ていたので、チケット購
 
入の順番を待つ間、これからのことなどを話していました。 私はFホテルに
 
泊まると、既にもう決めてあったのですが、Tさんはその辺りはあまり考え
 
ていなかったようで、私の話を聞いて、それでは自分も、
と言うので、二人

 

でFホテルを目指すことになりました。
 

 無事に次の列車のチケットを入手して、私たちはオフィスを出て歩きだし
 
ました。
 
 見るとTさんに付き従うように、一人のインド人が歩いています。
 
「その人は?」 と私は尋ねました。
 
「リキシャワラです、さっき声を掛けられたので……」
 
 いつの間に──、 自分なら、これまでの経験から、向こうから声を掛

 

けてくる人間を絶対、信用しません。 しかし、Tさんの顔もあるし、自分が

 

横からうるさい事を言うのもどうかと思ったので、ここは言葉を飲み込みま

 

した。
  
 それに、考えてみてださい。 ジャイサルメールで客引きに拉致されるとい
 
う痛恨のミスを犯したものの、それ以外の場所では、リキシャワラと交渉し
 
ながら、ちゃんと自分の目指す場所に辿り着いていたではありませんか。 私
 
はもはや歴戦の強者、心配しなくたって今度も大丈夫。 私は胸の内でそう思
 
っていました。
 

 それでも一応は料金を聞くと、まあ、そんなもんだろうという良心的な価格。
 
 そのインド人の若者は、てきぱきと私たちの荷物を受け取り、バイク・リキ
 
シャに積み込みました。 その真面目な仕事ぶりを見て
 
「おお、なかなか感心な若者ではないか」
 
「好感が持てますな」
 
 などと余裕こいている私たちを乗せ、バイク・リキシャは颯爽と走り出
 
しました。
 
 しかし、そのリキシャワラ、脇目も振らず、何のためらいも無く、頼ん
 
だものと違うホテルに私たちは連れて行きました。
 
 ホテルで降ろされた私は、なんか想像してたのと違うなあ、と思ったので、
 
念の為 「これがFホテル?」と尋ねると、
 
「勿論、そうですよ!」
 
 と元気に答えます。
 
 私はGPSを持っていました。 そのGPSは明らかに目指す所とは全然違
 
う場所を指していたのですが、リキシャワラの態度があまりに確信に満ちて
 
いたので、自分のGPSがうまく電波を捕えられていないのだ、と思ってい
 
ました。 初代のアイフォンでは良くあることだったのです。
 
 ホテルに入ると、こすからそうな親父が出てきて、部屋を案内してくれま
 
した。
 
「Fホテル?」
 
「そうだよ、料金は前払いね」
 
「エアコンのある部屋がいいんだけど?」
 
「あるよ、料金は前払いね」
 
「お湯は出る?」
 
「大丈夫だよ、料金は前払いね」 
 
 特に部屋に文句も無いし、Tさんも同意したので、
 
「じゃあ、ここにお世話になろうかな」
 
「はい、どうも。 料金は前払いね、料金は前払いね」
 
 あまりに料金は前払いを強調するので、私たちは廊下に立ったまま、予定
 
の三日分の宿泊料金を支払いました。
 
 私たちが無事、投宿したのを確かめると、リキシャワラは「毎度ありー」
 
と言いながら、足取りも軽く去っていきました。

 
  

 その後、およそ一時間ほども経ってからでしょうか。 自分が目指していた
 
ホテルとは全然違うホテルにいると確信したのは。
 
 私はすぐさまフロントに降りていきした。
 
「おい、ここはどこだ!」
 
「Aホテルだよ」
 
「お前、さっきFホテルだって言っただろうが」
 
「あのね、屋上のレストランがFっていうんだよ」
 
 な、なんだとおぉぉぉ! 


 よってたかって俺を騙しやがったな!
 
 お前ら、全員グルか!
 
 こんな所にいられるか! キャンセルだ、キャンセル!
 
「キャンセル料、50% ね」
 
 こ、殺す! 殺してやる!
 
 よっぽど暴れたろかと思いましたが、ここまで来ては現実的な解決策を探
 
るしかありません。
 
 私はすぐTさんの部屋のドアを叩きました。
 
「Tさん、ここはFホテルじゃないですよ! 騙されたんですよ! 頭に来
 
たから私は出ていくことにしました。 Tさんはどうしますか?」
 
 風邪を引いているTさんは (前回記事参照)、具合が悪そうで、「頭が痛い
 
ので、このまま、ここに泊まります」と言います。 それを見て、自分も少し
 
は冷静になり、このホテルに一泊だけして、残りはキャンセル料を払って、
 
翌日、ホテルを移ることにしました。
 
 私が三泊中二泊をキャンセルすると告げると、ホテルの親父はキャンセル
 
分を差し引いた残りを返してよこしました。 その顔に浮かんだ苦々しい表情
 
は、どちらかと言えば、まともな商売をしていないことへの後ろめたさを物
 
語っているかのようでした。
 
 しかし、そのホテル。 必ずしも悪いホテルではありません。
 
 表通りから奥に入った所にあり、人目につかないというハンデはあるもの
 
の、喧噪に包まれたバラナシにしては閑静な場所にあり、ホテルの前が寺院
 
というのもポイント高いです (私が行った時、その寺院は工事中でしたが)。
 
それにこの旅行中、部屋にバスタブがあったのはここだけです。
 
 それなのに、なぜこんな詐欺まがいの商売をするのでしょう。 こんなやり
 
方で、泊まった方としては、人に推薦などできるわけありません。 せめて駅
 
でビラを配るとか、ちゃんと広告を打つとか、ホテルの内部も殺風景にして
 
ないで美しくするとか、どうして地道な努力をしないのでしょうか。
 

 ホテルの屋上のレストランで昼食にしようと上がっていくと、そこには、
 
恐らくは同様の手口で連れて来られたと思われる、日本人の女の子や西洋人
 
の旅行者がのんびり寛いでいました。 頭から湯気を立てて怒っているのは

 

私だけで、皆、どこか諦めたような表情を浮かべています。 「まあ、こんなも

 

んでしょ、インドひとり旅なんて」と言われているような気がします。
 
 レストランで料理していたのは人の好さそうな親父で、私が 「明日、ホテル出
 
てやる!」 と息巻いていると、
 
「どうして? ここが気に入らないの?」
 
 と悲しそうな表情を浮かべます。
 
 私は黙って、チキン・カレーを食べ始めました。
 
 何だか自分の方が悪いことをしたような気持を味わいながら。