酔狂の詩(うた) -16ページ目

くすぐったい。

ずっとずっと、大事にしてた本があった。

ページがよれるほどに読みこんで、
ところどころに覚え書きのようなものも書き込んで、
俺のめくりグセや煙草の匂いがついた本。
まごうことなき、俺の本。

でもそれは、家のどこかに仕舞いこんで見つからなくなってて、
どこを探せばいいのか見当もつかないほど行方不明で。

大事な物なのに、なんで失くしたんだろう。
なんで見失ったんだろう。

それとも、本が俺に読まれることを望まなくなったんだろうか。

羽根も足も生えてやしないのに、
俺の大事な本は姿を消してしまったんだ。

その本に綴られていた内容は、1頁ごとに思い出せるくらいに憶えてる。

でも、頭の中で読み返すのと手に持って目で読むのとでは違う。
大きく違う。まるで違う。ぜんっぜん違う。

片時も忘れないほどではないにしろ、
いつ何時でも気にかけてるわけではないにしろ、
考え事や所用がないとき、心に少しでも隙間が空いたときに思い出す。
ふとした拍子に思い出す。

降って湧くように。滲み出るように。

どうせ見つからないからと諦めることなど考えもしなかった。
かといって、何が何でも見つけ出そうという気にもなれなかった。

俺自身が本当にその本が必要になったとき、再び手にとれる気がしたから。
もしくは、本が俺に読まれることをもう一度望んでくれたなら、それがそのときだと思うから。
人の縁と同じように、物もまた縁で結ばれ繋がっているものだと思う。

失くしてから数ヶ月が過ぎたある日、何の気なく本棚を眺めていたときだった。
読まなくなった本しか並んでいない本棚のはずだった。

そこに、失くしたはずの本の背表紙があった。

不可思議だとか謎めいた出来事だとか思うことなど忘れて、
俺はその本を手に取り、1ページ目を開いた。

・・・くすぐったい。

懐かしいってのとは、ちょっと違う。
なぜなら、忘れてなかったから。

なんだか、胸の奥が心地よくってくすぐったいんだ。

いますぐ一気に全部読みきってしまいたい衝動に駆られるけど、
それは堪えておこう。乾き切った喉に大量の水を流し込むようなもんだ。
一滴の水を活かすように、一字ずつゆっくりと大切に読もう。

戻ってきてくれて、ありがとう。