昨日くらいに、国がスーパーグローバル大学っていうネーミングセンスの欠片もない名のもとで37の大学を選定してますね。(ちなみに自分の大学はめでたく選ばれてませんでした。)
これ内田さんをはじめ、多くの知識人は否定的な見解をしめしています。
理由は簡単で、資金を政府が定めた基準をいかに満たしているかで傾斜配当するとなると、それに合わせた大学づくりがおこなわれるようになります。
その大学づくりがはたして学生や働く教員のニーズと合致するのかどうかはかなり疑問だからです。
しかも実際の政府が定めた基準のなかにはグローバル化と何の関係もないものがわんさかあるだとか。
国にとって都合のいい大学づくりのための道具なんでしょうきっと。
むしろ選ばれなくてよかったです笑
さて、このグローバル化の流れで英語の早期教育がかなり盛んになっておりますが、
それに関連して内田樹さんがブログでごもっともなことをお書きになられていたので、ぜひぜひ読んでほしいです。
英語を使いこなせるのは確かに重要なことですが、英語を話せるだけの人間が大量生産されるのではないかと自分は危惧しています。
英語母語地域で生まれ育ったなら別ですが、日本で生まれて6歳くらいまで日本語だけを浴びた人ならその人の論理的思考能力や表現力は日本語でしか育ちえないと思うのです。
英語を話せてもその人の考え方それ自体がなどが浅はかなものであれば、アメリカでマックの店員できるくらいですかねおめでとうございます。
教育界にしろ経済界にしろ国際的に活躍している人間は間違いなく論理的思考能力が優れているでしょう。そして日本人であるならば、論理的思考能力は日本語で育てられるものです。
英語はそれを国際舞台で表現するために必要なのです。
そこを勘違いして英語一辺倒は危険です。英語だけ使えるだけでは到底国際舞台で活躍できる人間にはなれないでしょう。他を圧倒する発想力や判断力が求められます。よほどの天才を除いて、日本人なら日本語で考えねばなりません。日本語で考える能力を鍛えることこそグローバル化というか世界で生き残っていくために必要なことでは。
そして高校生くらいでそいういう力が身付いた人はわざわざいわなくても勝手に大学入ったら留学するなり、英語の猛勉強をして英語力を見つけてくれますよ。
どうであれ今後の日本が心配です。