sick -61ページ目

今年のバーベキューデビュー

ようやく今年もバーベキューデビュー。


真冬でもバーベキューをやろうとする生粋のいぶし銀炭火男のおいらに付き合ってくれる奴なんてそうそういねぇ!


と、思ったら、可愛いお客様が。



sick


ご近所の女の子。


ギターで「あたりまえ体操シッキーバージョン」を歌ってあげると、意外なほどウケがいい。

でもおいら、子供は好きなんだけど、このくらいの女の子に懐かれることがないので、ちょっと戸惑う。

お前、ちょっと前までビビリまくって俺のことシカトぶっこきまくってたくせに、なんだこの変わりようは!お前に何があったんだ!

そしてふと、

「ロリコンの変態だと勘違いされねぇだろうか……」という不安が。。ただでさえ訝しげな目で見られるのに!



この日、バーベキューを終えて行きつけの寿司屋へ行き、その後、店の大将を交えてスナック行き、キャバクラ行き、昼間っから深夜まで酒ばっか飲んでいよいよグロッキー。


久しぶりにアホみたいに飲んで、吐いた。


バカヤロウ!酒には飲み方ってもんがあんだろが!


で、次の日ぱっちりお目覚め。




さて、「チューリップ祭りみたいのがやってる」というタレコミがあったので、天気もいいし車でひとっ走り(運転は当然ジャーマネ)行ってやったぜ。変態ロッカーSicky、まばゆいばかりの太陽光の下、チューリップを鑑賞するのことだぜ!



sick

チューリップ畑、めっちゃ広かった。


ふざけんな。こちとら、漆黒の夜の闇の中で黒ミサ乱交するような筋金入りのメタラーだぞ。チューリップなんてやってられっか!



sick


ば、ばかやろう!や、やってられっか!!




というわけで、やきそばを食う!



sick


ビールだって飲む!



sick


そんなわけで、帰り道でお花屋さんに寄って、小さな花をいくつか買ってきて庭に植えてやったぜ!ざまぁみやがれ!





はい、もうこのテンションめんどくさいので、

ちょっと最近(というか今日)のマイブームな遊びを紹介しよう。

その名も、「赤色を隠したらこうなる遊び」だ!



まず、こういうものを用意します。



sick


画用紙とかにセロファンをテキトーに貼って簡単に作れます。


そして、こういうものを描きます。



sick


そして、こうするとこうなります。



sick


次にこういうものを描いて、



sick

こうするとこうなります。



sick


写真が見にくいね。けっこー自信作だったんだけど。テーマは「愛」です。うるせぇざけんな。


次に、こういうものを描きます。



sick


そして、こうするとこうなります。



sick


おまけにこういうのを描いて、



sick

こうするとこうです。



sick

飽きたらこうです。



sick


これはね、俺が小さな頃に親から教えてもらった遊びだ。

当時、すげー楽しくてこういう絵をたくさん描いた記憶がある。

ちょっとした遊び心とアイデアで、さりげなく子供の想像力ってのは鍛えられるんだと思うよ。

まぁ、

ガキって基本バカだから、暇ならやってあげればいいんじゃない。


べ、別にそういうつもりで紹介したわけじゃないんだからね!




じゃ。





壊れたニューロン ~無って何?~

ちょっと続け様に意味不明な内容ばっか書いててアレなんだけど、もうちょい付き合ってね。


「無」ってあるじゃないですか。


この「無」って、物理学的には再現できないらしいんですよ。


物理的に無を再現すると、真空を作るということになりますよね。

でも、真空だからってまったく何の物質も現象も存在しないのかと言うとそんなことはなくて、そこにはアレ、なんつったっけ。えーとクソ忘れたな。


まぁ、とにかくそこには不思議な振動が起こるわけ。

で、その振動が微弱なエネルギーを生じさせるから、完全な「無」にはならないと。



で、


もう少し哲学的な見方をしてみても、やっぱり「無」ってのは存在できないと思うんですよ。


なぜなら、「そこには“無”が存在している」という見方もできるじゃないですか。


無がそこに存在している限り、それは無の状態ではないと思うんですよね。



これって「時間」もなんだか似ているんじゃないかと思うんですが、僕らって「時間」ってのが当たり前のように存在しているように思っているけど、実は「時間なんて存在していない」んじゃないかとたまに思うんです。


時計を見れば現在時刻を確認はできるけど、それって人類が勝手に作り出した概念に過ぎなくて、実際、時間っていうのも概念でしかないと思うんですよね。


「じゃあ、過去とか現在とか未来ってのは何なんだ」ってのも、それは単なる物理的な変化の連続という現象に過ぎなくて、過去は単なる記憶、現在は変化という現象、で、未来は予測でしかないと思うんです。


人間がただ記憶力あって想像力もあるから「時間」っていう概念が生まれただけで、後はその概念が色々と非常に便利だから当たり前のように生活の中で使っているだけで、本当は「時間」なんてものは最初から存在していなかったんじゃないかと思うんだけどどう?




「無」っていうのもこれと似ていて、

「無」っていう概念を人間は生み出したけど、そもそも「無」というものは最初からどこにもなくて、存在し得ないものなんじゃないかなーっていうか、そうだったら面白いなーというね。




「“何もない状態”って、どういう状態なんだろう?」とか考えていると、何が何だからわからなくなってきますよね。無を証明する方程式があるとするなら、何も書かないのが正解なんだろうか?







壊れたニューロン ~イメージは存在するのか~

先日ね、考え事をしていて色々なものをイメージしていたんですよ。


そこで、ふと思ったんです。


「ん?俺のこのイメージって、存在しているのか?」って。



だって、よく考えてみてもくださいよ。

今、自分が頭の中にイメージしているものって、これ、自分のイメージとして存在はしているけど、物理的には存在していないでしょ。



どっちやねん!っちゅー話ですよ。


「存在しているけど存在していない」って、


どっちやねん!ですよ。



イメージは確実に存在しているよね。イメージしてんだから。

でも存在していない!

どっちゃねんしつこい!




これどういうことなんだろうって考えたんだけど、

異次元のものって原則的には観測できないじゃないですか。

ってことはこれ、

“イメージ”というのは、今僕らが生きているこの三次元とはまったく別の次元に確かに存在していて、それを観測するための方法がないってだけなんじゃねぇかって思うの。方法さえ見つかれば、人のイメージを客観的に見ることって可能なのかもしれないと思うのよ。




で、このことを人に話したら、

「そういうこといきなり言い出すと、頭おかしい人だと思われるからやめた方がいいよ」だって。


「何をイメージしてたのか知らないけど、いきなり「あれ?このイメージって存在してんの?」とか訊かれたら誰だって引くわ」だってよ。




・・・・・・



確かにそうかもな消えうせろFuck!