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正しい中二病音楽患者の順序

■1:ビジュアル系に感染する。


解説:

劇的でドキュメンタリーな自己表現に陶酔する。難しい漢字と一般的じゃない薬剤、病名、エセ哲学と詩人の名をこの辺で覚える。そして、あたかも自分が精神異常者であるかのように振る舞い、周りに迷惑をかける。「迷惑かけてる自分かっけー!」と思いつつ、実は周りから相当小バカにされていることには気付かない。


■2:前衛音楽や演劇に感染する。


解説:

90年代初期に流行したテクノ系前身の変態デジタルサウンドに陶酔し、「こういう人の方が病的でかっこいいから、こういう風になろう」と決意する。だが、実際にイリーガルな薬物に手を出したり、人前でゲロ吐いたりウンコ食ったりオーディエンスと殴り合う度胸はない。「私、傍観者だから」という、体のいい言い訳で健全な毎日を過ごす。


■3:ヒップホップに感染する。


解説:

ヒップホップとは限らない。ハードコアかもしれない。要は、「単に形だけの“イカレた奴”ではなく、リアルでサグしている“ガチでイカレた奴”」を演出したくて、こういう音楽に傾倒する。しかし、実際にそういう音楽シーンに居座っている人間を嫌う。あくまで自宅でヒップホップを聴きながら、「私、最近こっち系にハマってんだ」と言いたいだけ。


■4:ジャズにはまる。


解説:

リアルサグ系の業界には、結局自分と同じ“たいしたことない”奴ばかりが集まっていることに気付く。「そいつらより先に行きたい」という動機が働く。「音楽理論」という小難しい理論を実装すれば時代の先に行けるかも──という思い込みだけを頼りに「私、音楽には詳しいの」と、ショットバーでくだを巻くようになる。ここに来るころには、既に中二病を相当こじらせている。場合によっては、麻の葉くらいは吸った経験があり、リストカットの傷もあるかもしれない。


■5:キャリーパムパミョを聴き始める。


解説:

このくらいの年齢になると、自力でムーブメントを追うのがきつくなる。しかも、結婚と出産を経験してからというもの、音楽にはてんで疎い。旦那が育児に協力してくれないというストレスもあり、自堕落的な音楽が精神的にきつなる。そのせいで、キャリーやAKB、エグザイルなど「誰とでも共有できるであろう音楽」を聴き始める。今さらギャルファッションへのあこがれが出てきて、真似はしないがアゲハを読み漁る。ただし、自宅に誰もいないときに、盛り髪を試してみたりはする。


■6:末期


解説:

姑がむかつく。

ただひたすらむかつく。

「ビジュアル系?ガキのたわ言だろ」くらいまで達観し、イメージで売っている音楽を批判し出す。その代わり、サザンオールスターズに傾倒する。姑が演歌ばかり聴いているから、いよいよ堪忍袋の緒が切れそうだ。


■7:中二病、ここに死す。


解説:

旦那が甲斐性ないので離婚。

シングルマザーとして、慰謝料と養育費と生活保護費と母子手当てでウハウハ。

「あれ?働かなくても生きていけんじゃね?」という上辺だけの現実をあてにして、結局生活が行き詰る。

元姑は力を貸してくれない。元義兄からは軽蔑され、実姉からも見放される。頼りにしていた実母は、横領と恐喝罪で執行猶予。金なんて持ってるわけねぇから「いらね」っつって無視。


■8:まっとうになるには遅過ぎた。


解説:

自分の人生を反省し始める。

それこそ、中学生の頃にまで遡り反省する。

「あの時、あいつと出会っていなければ……」

「あの時、あの音楽と出会っていなければ……」

そんな感じで逆恨みをして、なぜか十数年前に付き合っていた彼氏にストーカー行為を繰り返し、その後に脅迫とイタズラ電話の嫌がらせ。スーパーでの日常的な万引き行為が重なり、あまりに悪質な犯行ということで執行猶予なしの実刑。被害者の揺らぎなき決意により、慰謝料の請求もくる。


僅かな刑期を終えて出所するも、後にまったく同じ犯行を繰り返す。

そして、

実刑になる前にわが子を保育所に預けたまま、自分だけが失踪。後に自殺者となる。








悲しい生き方はやめなさい。


音楽には、人生を預けるだけの価値はない。


音楽を愛することは、かっこいいかもしれないが、


いくら音楽を愛しても、


人は音楽から愛されないものだ。


だったら、


素直に“愛せる人”を見つけろ。


ガキめ。










近年移り行く、大人になる人々の件

人は、人生の中にある様々な転機を介して、変わっていく。

たとえば最近、身近なところで子を産み親になる者がいくつもある。

人の子の親になれば、人は変わると言う。

まさにそれを目撃し、その迷信のような伝聞が事実であることを確信しつつある昨今、我が身を振り返ってみると、確かに自分も様々な出来事を介して変わってきたのかもしれない。


その一方で、

子を儲けていないにも関わらず、既に子の親のような風格を漂わす者あれば、

「お前、ぜってぇ十代の頃から変わってねぇだろ」と言わしめる者もある。




それはさておき、

私はいまだ子もおらず、独身である。

つい最近のことであるが、懇意にさせていただいている親しい友人が出産した。


「まさかお前が母親!?」

「まさかお前が父親!?」


そういう心情が少なからずある。

それは否定的な感情ではなく、単なる違和感に過ぎない。

言うなれば、

母国語を一切話さないくせに、日本語は流暢なイギリス人さながらだ。


さて、何を問いたいかと言うと、


「親になれば、人は本当に変わるのか?」ということに尽きる。


結婚するまでは外道や畜生であったにも関わらず、それを機にまるで人が変わったように真人間になった──


こういう話はよく聞く。


「おおらかなあの夫婦が、出産と同時につるせこ一家になった」


こういう話もよく聞く。


私自身は、誇張でも謙遜でもなく、おそらく紛れもない畜生でありろくでもない人生を歩んできたであろう自覚がある。反省すべき人生の汚点を、吐いても捨ててはいけないような生き方をしてきてしまった。


そんな私は、どう変わるのだろうか?


おそらく、人を変えるのは社会であろう。


突き詰めれば責任。


自己の振る舞いが、周囲にどれだけの影響を与えるかを知るまでに、人間、そう多くの時間はかからない。


問題は、その責任をどれだけ重く受け取るか、だ。


結婚や出産をすると、きっとその責任を改める。


人生は責任がつきまとうもの。


そして、責任の先には愛があり、情がある。


人とは果たして、そうして人らしくなり、ありをりはべりいまそかり。


何これもうめんどくせ。







良くも悪くも、人って「変わる」よね。


ただ、


「出産」ってのは、すごく大きな転機だと思うのです。夫婦にとって。人にとって。


たとえば、子どもが幼稚園に入るくらいの歳になったとしますよ。


そうすっと、「ママ友」的な横のつながりができてくるわけ。


嫁が、自宅にママ友を呼んでお茶会みたいなこともすると。


で、そんな中にケチセコママとかクレクレママとかドキュンママとかポストオバタリアンもいるかもしれない。


今の俺だったら「おいコラてめぇら」ってなるわ。


出会い頭で喧嘩腰なんて、俺の場合、あってもおかしくない。


そんで、多分これからもそうだ。


「ちょっと!正しいか正しくないかなんて関係ないの!私の顔をたてると思って、ママ友達には愛想を振りまいてよ!旦那なんだから!」なんて要求されても、俺には到底無理。ふざけんな。良識もねぇ自己中心的なクソ価値観をまとったAKB48(あからさまに48匹のブタママ)と付き合っている嫁を糾弾してぇくれぇだ。


そんな女は、ママ友に「これ、北海道産のおいしい湧き水だよ」なんて言われて、平気でエキノコックス入りの川水を口にするんだろう。世の中、信じらんねぇくらいバカな奴ってけっこーいるからな。


こわいこわい、相手選びは慎重に──だ。





郷に入れば郷に従えと言うが、俺の郷はここにある。


それってのはつまり、思いやりとか配慮とか気配りとか謙虚さとか、そういう人としてごくごく当たり前の郷だ。


それを脅かされそうになった時、俺は郷を捨て聖帝なんたらとなり、暴力と威圧と制圧前進、時には法律と弁護士を味方につけて徹底的に叩きのめしてやろう。


そのくらいの強さがないと、はっきり言ってこの肥溜めみたいな人間社会で、ストレスなく生きるなんて不可能だ。


俺はクレーマーじゃないし、キチガイでもない。

自分でそう名乗る奴ほどあやしいけど。

少なくとも今は良識を持って生きているつもりだ。

でも、

「正直者はバカを見る」という言葉通り、世の中、声のでかい奴や暴力にためらいのない奴や非常識標準装備な奴の不条理な要求が正義となるケースが少なからずある。

そして、

正直者ほど、そういう奴らに搾取され、振り回され、傷つけられる。

グッと我慢して耐え忍ぶことも一つの美徳かもしれねぇが、

そんな理不尽なストレスを甘受しなければならない状況なんて見てらんねぇ。

その理不尽を圧倒的な暴力で制圧する正義があってもいい。


まっとうなことではねぇかもしんねーけど、


まっとうな生き方をするということはつまり、


その“まっとう”に対するリスクを背負うということなのだろう。


暴力が正義だとは言わないが、


暴力が正義になる場合もある。


肝心なのは、


良識あって平和的な人間が、暴力や非常識に制圧される道理が通っていいのかってことだ。






人間は、変わんねぇ。


カカオはチョコになる。


牛の乳はバターになる。


でも、


畜生は畜生のまま、聖者は聖者のままだ。


「人間が行き着く先は、天国か地獄だ」というのは、


こういうことを差しているのだろう。


だったら俺は、変わりたくないわよ。





無題

朝から晩まで、選挙カーがうるさくてかなわねぇ。


世の中、お前らが想定している生活サイクルで生きている人間ばっかじゃねぇんだよ。


交代制の仕事をしている人もいるだろうし、夜勤の人だっている。


資格取得のために試験勉強している人だっているかもしれないし、


偏頭痛に悩まされて寝ている人もいるかもしれない。


自分らの活動によって迷惑を被る人間が少なからず存在するなんてこと、想像に難くねぇだろ。


それにも関わらず、よく「よろしくお願いいたします!」「お願いにあがりました!」なんて、謙虚さのかけらもなく拡声器で声を張り上げられるもんだな。厚顔無恥この上ない。恥を知れ。




朝早くから選挙カーで大声出して、あまつさえ閑静な住宅街でだよ。そういう迷惑行為を平然と行なえるような無神経な政治家なんて、誰が応援すんだよ。バカじゃねぇのか。中身のねぇ無意味な言葉を無駄に繰り返してよ、お前らよかミドリムシの方がまだ価値あるわ。


お陰でこっちゃ寝不足だわ仕事ははかどらねーわで、すげぇいい迷惑だ。


くだらねぇお政治ごっこなんてあっちでやれクソが。