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今回、訪ねるのは長野市にあるオカルトの聖地を訪ねました。

 

 

番外編です。

 

 

その名を皆神山といいます。

 

 

また、その周辺にあった古墳も訪ねました。

 

 

 

今回は国指定文化財の紹介ではありませんが、長年気になっていたオカルトの現場なので訪ねてみました。

 

 

昭和の時代に学研の「ム〇」(この雑誌、今も出版されているんですね。この間、図書館で最新刊を見つけました)を愛読していた身としては、とても気になっていた場所ラブ

 

 

 

なんでも、UFOの基地があるとか、世界最大のピラミッドだとか、そんな噂が絶えない場所です。

 

 

また、昭和40年から約5年半にも渡って発生した「松代群発地震」の震源地であり、UFO基地の噂も加わってオカルト界隈では有名でした。

 

 

もう、昔から気になってしょうがなかったんです。

 

 

 

今回、念願が叶って皆神山に登ることができました。

 

 

 

また、ほかにも合掌形石棺ならぬ、「合掌形横穴式石室」の古墳が麓にあったのでここで紹介します。

 

 

前回訪ねた「大室古墳群」の合掌形石棺の発展形なんだそうです。すっげー興味ある!!!

 

 

皆神山と何らかの関係はあるだろうし!

 

 

国指定史跡じゃないのが不思議(長野県指定史跡です)びっくりマーク

 

 

 

それでは行ってみましょうびっくりマーク

 

 

 

 

  まずは皆神山に登る

 

皆神山は長野盆地全体からいえば東部に位置します。

 

 

長野盆地東部にあたる松代盆地の中央に、独立峰として存在します。

 

 

皆神山 山頂が丸みを帯び、整った山容を表す 南西から

 

 

標高は659m、麓からの比高は約280mほどの山で、山頂には皆神神社が鎮座します。

 

 

明治維新以前には修験道の拠点として栄えた、由緒正しい神社です。

 

 

皆神神社 拝殿

 

「登った」といったら登山をしたように聞こえるでしょうが、実は山頂まで車道があるので普通に車で登れます。

 

 

参拝者は多いのに、道は狭いです。すれ違いに苦労します。人が少ない早朝の参拝がおススメです。

 

 

 

私はもちろん、早朝に参拝しました。人ごみのストレスがなくて気持ちよかったです。

 

 

山頂には広い駐車場がありました。

 

 

ここへ車を止め、さっそくお参りします。

 

 

 

今でこそ普通の神社となってしまいましたが、かつての修験道の拠点だった名残はいくつかあり、本社裏手にある熊野出速雄神社本殿は典型的な修験道関連の建物の特徴を表していました(長野県指定文化財)。

 

 

熊野出速雄神社本殿

 

切妻造り妻入りで、奥行きがある建物であること、これは神道と仏教の本地仏の両方を祀るための構造だとか。

 

 

しかも手前は拝所となっているわけで、修験者を収容するスペースになっているんですね。だから奥行きのある形状になっているんです。

 

 

中までお参りできたら紹介したかったんですけどね、残念ながらできませんでした。

 

 

同じような建物は新潟県十日町の松苧神社で見られます。

 

 

 

頂上は3つに分かれ、かつてゴルフ場があったようです。今は芝生が植えられたピークとなっています。

 

 

私有地のため、現在は立ち入りが禁止されて登頂はできませんでした。

 

 

 

  ピラミッドの入口!?岩戸神社(古墳)を見る

 

皆神神社のお参りを済ませ、熊野出速雄神社を見たら特に山頂に見どころはありません。早々に神社を後にして山を下りました。

 

 

そして中腹あたりで「岩戸神社→」の標識が目につきました。

 

 

どうせ皆神神社の末社でしょ、くらいにしか思わず、通り過ぎようとしました。

 

 

しかし、車から一瞬見えたそれは…古墳の横穴式石室!びっくり

 

 

マニアは見逃しませんでした。

 

 

「なんと、あれは古墳じゃないのさびっくりマーク

 

 

群馬方面でさんざん見た覚えがある、山寄せ式の古墳があったのです。

 

 

 

 

 

 

となるとこれは、終末期の古墳です。

 

 

これは必見と、車を路肩に寄せて訪ねてみました。

 

 

岩戸神社 ただしこれは山寄せ式の古墳が神社として祀られたもの

 

 

石段を上った先にあったのは、横穴式石室でした。

 

 

石室の奥を覗いてみると、そこにはご神体の鏡があります。

 

 

これは、古墳をご神体として祀った神社だったのです。

 

 

岩戸神社 石室奥壁とご神体

 

 

石室は持ち送りの両袖式、典型的な終末期古墳の石室でした。

 

 

これは思わぬ拾い物、車を止めるだけの価値はありました。

 

 

石室の右側壁 下部は人身大の巨石、上部は人頭大の石で持ち送りになっている様子がわかる

 

 

石室の奥から羨道を見ました。

 

 

岩戸神社 奥側から入口(羨道)を見る

 

 

巨石を組み上げた結構大きな石室です。

 

 

これまた国はもちろん、地元自治体からの文化財指定すら受けていない様子。

 

 

きちんと調査されていないために文化財指定が見送られているように見受けられました。

 

 

 

だからオカルト界隈では「ピラミッドの入り口」などという、およそ突拍子もない言説が飛び交っている顛末です。

 

 

どう見たって古墳時代終末によく見られた山寄せ式古墳の巨大石室、それ以上のことはありません。

 

 

オカルト界隈ってヤツは全く…

 

 

近くには岩戸神社古墳と関りがあるのか、積石塚古墳かもしれない石積みがありました。

 

 

これに関してはネットの情報だけでは古墳かどうかも判定しがたかったです。

 

 

ただし、どうも皆神山中腹には古墳群があるとの情報があります。

 

 

そういった古墳の一つかもしれません。詳しく調べる気はないので、気になる方は調べてみてください。

 

 

岩戸神社の近くにあった、謎の石積み

 

 

 

  皆神山は古代のピラミッドなのか!?

 

結局、皆神山は古代のピラミッドなのでしょうか?

 

 

もちろん、そんなわけありません。

 

 

「山体が角錐に近い円錐形」

 

 

「古代からの神社がある」

 

 

それだけで、ここが古代のピラミッドと断定できる根拠はありません。

 

 

 

戦時中、皆神山の地下には戦況の悪化を懸念して皇居を移す計画がありました。

 

 

いわゆる「松代大本営」ってやつです。

 

 

 

皆神山の地下って、すでに第二次大戦のときに縦横無尽にトンネルが掘られているんですよ。

 

 

なのに、古代の人工物が出たという話は全く聞くことがないじゃないですか。

 

 

皆神山の地下はグズグズの地層で、トンネルを掘るのに難渋したそうです。

 

 

 

そもそも、「形が似ているから『それ』かもしれない」という推測は、考古学ではありえない論法です。

 

 

日本のピラミッド論しかり、与那国島の海底遺跡しかり…

 

 

皆神山は今から約30万年ほど前に、松代盆地の中央に突如現れた火山なのです。

 

 

溶岩の粘りが強いため、周囲への流出がなく噴出地点を中心に丸く盛り上がった、溶岩円頂丘といわれる形式の火山です。

 

 

この説明のほうが当然、しっくりきます。

 

 

 

 

同じような火山は、北海道の昭和新山が該当します。

 

 

あれが風化して崩れたら、こんなような形になるような気がしませんか?

 

 

 

 

そうなんです、それが答えです。

 

 

だいたい、皆神山がピラミッドだとして推測された築造年代というのが縄文時代ですよ。

 

 

古代じゃなく、原始時代です。

 

 

その点でも認識がおかしいですよね。すなわち、ピラミッド説を立ち上げた人はそういった専門知識を持ち合わせていない素人だった、ということが露呈しているんです。

 

 

また、その根拠が山中から発見された縄文土器の破片だというのですが、ピラミッドだとしてもその発見量が少な過ぎるじゃありませんか。

 

 

ピラミッドが縄文人の生活に関わっていたなら、もっと大量に発見されていいはずです。

 

 

この辺りで、ピラミッド説の論点は破綻しています。

 

 

 

 

松代群発地震の理由も、現代では地質学的に解明されています。

 

 

それもここで述べると長くなる(というか、地質学的な話で理解できない)ので省略しますが、納得がいく解説です。

 

 

宇宙人の仕業ではありません。

 

 

オカルトの言説は、突き詰めていけばこんなのばかりです。

 

 

私はオカルトが好きですが、「オーパーツ」と呼ばれる日本のピラミッドを含んだ考古遺物とされるものについては、およそこんな結果ばかりで最近は幻滅しています。

 

 

 

 

オカルト論者よ、あんまり考古学をなめんなよびっくりマーク

 

 

 

 

ただ、この山が古くから神聖視されていたのではないか、ということは皆神神社や岩戸神社古墳、次に紹介する桑根井空塚古墳などの存在からなんとなく感じられます。

 

 

これは考古学の論法としても、特に問題のある言説ではありませんから。

 

 

  皆神山から桑根井空塚古墳へ

 

最後に、桑根井空塚古墳を訪ねました。

 

 

なんでも、合掌形石棺の技法を踏襲した「合掌形横穴式石室」を有する、現存するのは2基だけという古墳です。

 

 

しかもこちらのほうが保存状態が良いという。

 

 

 

なのに県指定文化財。大室古墳群の系譜なのに。大室古墳群は国指定なのに。

 

 

国が保護する気はないんですかねぇ??

 

 

まあ、私も現地を訪ねて初めてその存在を知りましたので、あまり突っ込まないでおきます。

 

 

 

桑根井空塚古墳 遠景 左の山裾だけ写っている山が皆神山

 

 

この古墳は皆神山の裾にとても寄っています。

 

 

皆神山を意識して築かれたと思うなぁ。

 

 

 

実際のところは調査が進んでいないのでわからないことが多いようです。

 

 

桑根井空塚古墳 近景

 

 

墳丘は積石塚とみられています。

 

 

それも大室古墳群の系譜だろうにねぇ。

 

 

セットで保護しないと意味なくない??

 

 

 

まあいいや

 

 

 

大きい古墳なので、積石塚らしいところは現在はわかりません。

 

 

墳丘は墓地と化しているし。

 

 

ただ、墓地に登るスロープの石垣は積石塚の石を利用したんじゃないかな。

 

 

これは積石塚の名残でしょうね。

 

 

それよりも石室を見てみましょう。……石室好きだから。

 

 

積石塚の名残か 墳丘上の墓地へ上るスロープの石垣

 

 

 

石室の開口部は墓地の中にありました。

 

 

そして入口にはお地蔵様が立ち塞がっているじゃありませんか。

 

 

えぇーっ!?

 

 

これはちょっと石室に入りづらい…

 

 

お地蔵様の祟りがありそうで恐怖じゃありませんか?

 

 

桑根井空塚古墳 石室の入口 お地蔵さんが立ち塞がっている

 

 

でも、めげません。

 

 

お地蔵さんの脇をすり抜け、石室に入りました。

 

 

勇者って呼んで笑

 

 

地蔵様の脇を抜けた先には、巨大な合掌形玄室がありました、

 

 

合掌形石室 

 

 

大室古墳群の合掌形石棺が発展するとこうなるんだデレデレ

 

 

天井は一枚にしたほうが石材の節約になる、とか考えそうなのにねぇ。

 

 

それが文化なんでしょうね。

 

 

桑根井空塚古墳 石室の奥壁

 

 

 

石室に入った証拠に一枚。

 

 

玄室から羨道を見る

 

 

羨道は結構破壊されてしまったみたいです。

 

 

しかし合掌形石室、知らなかったからこれは見られて超ラッキーびっくりマーク

 

 

地蔵様の天罰、というか祟りは怖かったけどね。

 

 

今のところ、祟りらしいことは何もないです。

 

 

お地蔵様によくお礼を言ってきたからね。

 

 

 

 

というわけでオカルトの聖地、皆神山からは以上でーす。