世間では、その存在を認めながらも、
「強制連行」の証拠がないと大騒ぎしています。
でも、誰が好きこのんで何人もの屈強な兵士の相手などするものか。
ましてや10代の少女まで。
仮に、金銭の取り引きがあったって、被害者たちは誰かの何かの犠牲になった。
売られていたとしても、決して買ってはいけないのが人間の体。
「当時、それが当たり前だった。戦争とはそういうもの」
戦争をはじめたのは誰か。戦争は真っ先に子どもと女性が犠牲になる。
いろんな意見があるのはわかります。
でも、私はDVによって激しく傷ついた過去をもつ者として、
女性と子どもが傷つく戦争に反対します。
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社会人になったら車を持つのが当たり前の地域に住んでいます。交通事故の当事者になったことがゼロの人、ほとんどいません。実は最近私も事故の当事者になってしまいました。相手も私も大きなけがはありません。しかし、一歩間違えたら最悪な事態になっていた…と思うと今でも怖いです。
飲酒運転や信号無視、スピード違反などの違法行為が原因の事故だけでなく、ちょっとした不注意って、誰にでもある。その不注意が重なって大事故を起こしてしまうのです。
年間一万人近くも交通事故が原因で亡くなる方がいるらしい。一回の大規模災害よりも、亡くなる人が多い。どこにでもいる人が、自動車という、ちょっと間違えると人を殺してしまう機械を持っています。ある統計によると、自動車を日常的に運転する人は一生のうちに、3人に2人は人身事故を起こし、100人に1人は死亡事故を起こしているそうです。100人に一人のパイロットは死亡事故を起こしているという統計が出ている航空会社の飛行機には乗りたくありませんね。
事故を「災難だったね」と言ってくれる方がいて、それ自体はとてもありがたいのです。けどやっぱり、車の運転をするということは、自分のことはもちろん、知らない誰かの身体を守る義務があるのです。決して自分の都合だけを優先してはいけないのでした。深く反省します。ハンドルを握りすぎて手に汗を握るのもかえって危険ですが…
最近の出来事を通し、「道路交通法はお互いが安全に通行できるためのルール、自動車を運転するということは、公共の施設である道路を使わせてもらっている、だからルールをまもらなくてはいけない」と思いなおしました。
それから数日後の昨日、夫と一緒に高速を通ることがあったのですが、大雨にも関わらず、周囲の車は制限速度を超えて飛ばしていました。進路変更も、見ていてぶつかりそうで怖かった。きっと彼らはヒヤっとしたことがないに違いない。
今後は、夫と遠出するときは、夫が運転する約束になっているとしても、飲酒は帰宅するまでガマンすることにします。
自動車は、教習所や免許センターで言われるまでもなく、とても危険な鉄の塊なのです。見た目通り。こんな凶器をかなりの確率で普通の人間が持っている。誰もが、加害者にも被害者にもなりえる。普通の人間が、ある日突然当事者になり、加害者も被害者もつらい思いをする。もちろん、注意して運転することは当たり前のこと。でも、車がなくても生活できる社会はとても魅力的に思います。「素人が運転しなくても、職業ドライバーが運転すればよい社会」とか、「どんなにぶつかっても、自分の車は壊れても、双方の身体だけは守る車」とか、「歩行者、自転車、バイク、車の完全分離、対面通行のない道路」とか、実現するのは夢のまた夢なのでしょうね。
マサは、やたらとクラクションを鳴らし、前の車をあおり、気に入らないことがあると急ブレーキを踏んで私を脅し、山道でスピードを競い…
そんな車に私が助手席に乗っていたのは15年前です。命があってよかった。