みなさん、お久しぶりです。実は、30代最後の歳に男児の母になりました。不妊治療をやめた‥という記事が最後になり、報告をためらっていました。
「あきらめるなら、最後まで努力してからにしたい」との思いが強く、体外受精のため地元の大学病院に通っていました。体外受精3回目、長男のたまごをお腹に入れたのがちょうど2年前の今ころです。1歳4ヶ月、元気に育っております。
心から思います。全ての命は奇跡。長男にも、「自分の命と同じくらい、どんな命も大切」と伝えたいです。自分と同じくらい、誰にでも大事にされる権利があると。

STOP DV
私は、まさに「いのちの現場」で働いております。
職場の人の中で、親じゃないのは私だけです。
不妊治療していたことは、カミングアウトしています。
私が「もう二人暮らしでもいいと思っている」と言うと、「大丈夫、しおさんくらいの年で出産した人、たくさんいるよ」という善意の励ましがつらいなと感じていました。
全く悪気がないんでしょうが、
昼休憩の時には、「○○さん、子ども5人いるんだって、えらいよね」
とか、「○○さん、子ども小さいのに病気してかわいそう」とか、
とにかく子どもの話題が多いんです。特に小児科があるあ日はつらくて…

そんな中、堀田夫妻のマンガ「不妊治療、やめました」に出会いました。
二人の愛情の深さに何度も泣きました。
本当にリアルで、「あーここ私も痛くて泣いた」って思い出してまたボロボロ。
不妊治療で有名な大病院で看護師さんが放った心無い一言に、「アキオ(=夫)」がキレて言った一言にも、「カヨ(=妻)」を思いやる深さが。

夫にも読んでもらった。不妊治療をしていたころ、私にとって何が苦痛だったか、具体的にようやくわかったと。「さすが漫画家、ひとつひとつの描写にお互いの愛を感じる」

そして私は職場の上司に話すことにした。「昼休憩は子どもの話題が多くて泣きたくなるほどつらいときがある。そんなときは時々逃げるので理解してほしい。それから子どものことは、あとは自然に任せることにした」と。「いつかできるといいね」とは言われたけど、「つらいのはわかるし、そんなに我慢しなくてもいい」と言ってくれた。

「子どもが産める人のために、私はがんばる」などど前に思っていたけど、それも多分ちがう。
産める人、産めない人、産まない人、それぞれの多様性を認め合ってこそ社会の進歩ではないか。
私にも、夫にも、子どもがいない人生を社会に認められる権利がある。

それにしても、「恋人いないの?」→「結婚しないの?」→「子どもいないの?」→「二人目は?」
なんてステレオタイプの「幸せのおしつけ」だろう。
こうなったら、「二人で、夫婦仲よくて幸せ」自慢しながら生きてやる!と思うけど、無理せず自然体で。



私はおととしから、お互いにいろんな話を聞き合うサークルに参加しはじめました。私のDVや、いじめの傷を話ながら、少しずつ感情を整理していっています。

「私は生まれつき無能だから、誰にどんな扱いをされてもしょうがない」とか、つい言ってしまいます。そうするとサークル仲間が「いじめられていい人なんかひとりもいないよ、そんなに自分を否定しないで」などと言い、私が感情をさらけ出すのを逆にストップさせてしまいます。そればかりか、「私は大事な人ですって言ってごらん」って絶対無理。

それと、そこでは顔を合わせて話すことが推奨されているのですが、私はどうしてもできません。「顔あげて」と必ず言われます。拒否すると無理やり下から顔を覗き込まれます。

賢い、キレイだ、などとも言われ、結構激しく「お世辞やめて」って言ったら、今度は怒りを表現したって逆に喜ぶ。そこでは、何でも要求していいことになってるんだけど、やめてほしい要求は無視され。

いろいろ自分を見つめ直すことができたし、はじめてよかったと思ってもいる。

次回サークルに参加できたら、思ってること言おうと思う。つくづく私はあまのじゃく。