<新潟県>~おっさん3人冬の旅・1日目①(鮭の町・村上散策) | 花咲く旅路

花咲く旅路

旅、グルメ、MONO、自分を幸せにしてくれるものを記録します。

 

2016年の正月明けの次の週末、

 

会社の、気の置けない先輩おふたかたと、仲良く旅をしました。

 

 

 

 

元々、私含めて関西人なのですが、この時、Iさんは新潟、Eさんは仙台におりました。

 

前回はこの前年の6月に新潟で集合し、「月岡温泉」にでかけました。

 

今回は、新潟の村上市は「瀬波温泉」に行くことにしましたよ。

 

おっさん3人、恒例の温泉旅なのですニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当日、私は始発で東京を出発して早めに「村上」に入り観光をし、

 

おふたかたは昼時に来て昼食で合流、その後、温泉へ、の流れです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始発で最寄りの「武蔵新田駅」を出発。

東京からは新幹線、新潟に8時頃到着、ここからは   特急いなほ  に乗車です。

 

「いなほ」には何回か乗車したことがあります。

終点の「秋田」までチンタラ乗ったこともあるし。

 

 

社内はこんな感じ。              こちらグリーン車。

 

 

 

自分は普通車。                観光案内の冊子が用意されていました。

 

 

 

フリースペースも充実。

 

 

なんか、新幹線に乗るときは仕事や帰省でも利用していることがあり、

そこまで旅情は高まりませんが、地方のこういう特急は、めっちゃ旅感ありますなー

 

 

 

 

 

 

新潟はほかにもこーいう車両が走っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新潟」から「村上」へは、40分ほどの乗車です。

日本海や、広大な新潟の田んぼが望めます。

 

 

天気は良くなかったです。

1月ですが、日本海側の雪国独特の空。

雪ではなく、雨でしたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9時15分頃に、   村上駅    に到着。

初降りの駅です。

 

 

 

 

 

 

 

 

「村上」といえば        !

推してますね~ニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

駅前の雰囲気。

 

 

 

 

駅前には、   汽車の碑   が建ちます。

 

村上市出身の音楽家「大和田愛羅」が作曲した、尋常小学校唱歌の「汽車」。

「東京村上市郷友会」の創立100年を記念し、

「JR村上駅」前の広場北側に碑が建立されました。

駅を背にして石碑に向かうと、右下部分に切符を切ったような細工が施されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

村上市    は、「新潟県」の北端に位置します。

北から東にかけては「山形県」に接し、南は「関川村」および「胎内市」と接し、

70km圏内には「新発田市」、「新潟市」および「山形県鶴岡市」があります。
面積は約1,174km²で、新潟県の総面積のおよそ9.3%を占めており、

海岸線は、約50kmにも及んでいます。
人口は約6万人で、新潟県の第8位。

かつては「村上藩」の城下町として栄え、現在でも市中に武家町、商人町の面影が残ります。

新潟最古の城下町です。

皇后の先祖、「小和田家」ゆかりの地でもあります。

「三面川」の「鮭」のほか、「村上牛」が名物です。

「瀬波温泉」や「粟島航路」など観光都市としての側面が強い町です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅前の 観光案内所 で散策の情報収集。 こちらはこの後お昼をいただく「石田屋」。

 

 

 

 

 

 

 

今にも雨が降りそうな天気ですが、元気に、9時30分前に散策スタートです!

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり、鮭推しニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       歩き出して5分くらいで風情ある町並みに。

山々には白く雪が積もっていますね。      肴町     です。     

 

 

「肴町」

町立ては、1596年~1615年の「慶長年間」と云われます。

1635年の「村上惣町並銘々軒付之帳」には「肴町」とあり、42軒、

続いて「長岡町」12軒、「馬喰町」41軒とありますが、後の二町は、

のちに「肴町」に併わされました。

「馬喰町」は「馬喰(伯楽)」に由来しますが、「観音寺」があり、

西端には桝形があって「瀬波街道」松原八丁に通じました。

また、藩主「堀氏」が鍛冶町裏の「中貝村」をここに移したともいい、

鎮守の「河内大明神」は今も残ります。

町名は「堀氏」から魚の専売権を免許されたことによるものと云います。

 

 

 

 

 

 

 

 

常磐園             町家のギャラリーやまきち   

 

 

「常磐園」

1839年創業の「村上茶」のお店。

栽培、製造、販売までを一貫して行っています。

特に「火入れ(乾燥)」工程にこだわり、

その季節に合わせた味・香りを引き出すように仕上げています。

店舗では、明治時代に建てられた町屋も見学できます。

「村上茶」は”北限の村上茶”と呼ばれます。

 

「町屋のギャラリーやまきち」

町屋を利用したギャラリーで、地元の作家や伝統工芸士が手がけた作品を展示販売しています。羽越しな布や山辺里織、塩引き鮭のパッチワークなど、

村上ならではの温かみが感じられる手仕事の数々を見ることができます。

町屋造り土間や茶の間も見学が可能。

 

 

 

 

 

 

 

 

「常磐園」の横の建物の軒先に、    塩引き鮭    が吊されていました!

これぞ、村上の冬の風物詩。

 

村上の伝統文化である「塩引き鮭」が、

村上市庄内町から小町坂の商店や民家の軒下に吊るされます。
寒風にさらされることで低温で発酵し、熟成したうまみとなります。
「塩引き鮭」は、腹の一部をつないだままにする「止め腹」と呼ばれる独特の切り方で、

吊るす際も頭を下にするという特徴があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       こちらの町屋は、鮭ではなく酒。

えびす坂    の交差点。        吉川酒舗

 

 

「吉川酒舗」

城下町「村上」でも指折りの歴史を誇る酒店です。

歴史は、1649年、祖先が「姫路藩」から「村上藩」に移って来たところまで遡ります。

米屋や醤油蔵を経て、戦後から酒販売店になりました。

おもに村上の地酒である「〆張鶴」と「大洋盛」を取り扱っています。

建物は、1826年に6代目が建てたものになります。

店舗兼住宅として今も使用されており、

買い物客や観光客は住居の茶の間部分まで見学できます。

建物の特徴のひとつは昔ながらの土間。

現在では土間部分をコンクリートに変えた町屋も多くみられますが、

ここでは、土と石灰とにがりを混ぜて造られた三和土の土間が残っています

自然の素材のため、湿度が低く乾燥している日は土が乾いて白っぽくなり、

梅雨時期など湿度の高い日は、全体的に湿り気を帯びて土色に変わるといいます。

 

 

 

 

 

 

 

山上染物店           村上市コミュニティディホーム

 

 

「山上染物店」

江戸時代中期から続く老舗。

のれんや法被などに屋号や家紋を染め抜く「印染」の商品を中心に、

オーダーメイドの染物を制作、販売しています。

地元特産の「村上茶」を使った草木染「北限の茶染」は、渋みのある独特の色合いが魅力です。

店頭には手ぬぐいやハンカチ、タオルなどの染物が並び、予約制で茶染体験も楽しめます。

町屋建築の見学もできます。

 

「村上市コミュニティディホーム」

整備された町屋を見学できる町の交流センター。

大正初期に建てられた古民家を利用し、「人形さま巡り」や「屏風まつり」など、

季節ごとに独自のイベントを開催しています。

現在は観光案内所になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

てんや味噌醤油店         九重園

 

 

「てんや味噌醤油店」

江戸時代から300年以上続く老舗。

村上の飲食店、土産物店で使われることが多く、「てんや」のみそ、しょうゆは、

村上の味を下支えしているといっても過言ではありません。

 

「九重園」

”北限の茶処”として知られる村上市の老舗茶舗。

1859年より10数年間にわたり、京都・宇治より数名の茶師を連れ伝習に来た職工長に、

丹波の生まれで「柳田九兵衛」があったそうです。

その功を銘し、当主「瀧波重兵衛」との冠字を取って「九重園」と名付けられました。

町屋部分は築250年と言われており、うなぎの寝床のように細長く、

吹き抜けの天井や梁に特徴があります。

 

 

 

 

 

 

                       お寺も建ちます。

伝統ある町屋と、昭和な町並み。        妙性寺

 

 

 

 

 

 

 

 

「九重園」の建つあたりは、    小国町

 

1596年~1615年の「慶長年間」に「安良町」に次いで出来た町。

家数60軒、なかに十人組頭が4人、鉄砲衆、鷹師衆がいました。

これらの人を御組と呼び、後代、与力や同心とも称しました。

後に町立てされた「鍛冶町」との境には木戸があったとそうです。

塩町地内に祀る「稲荷社」は「同心稲荷」とも言い、現在まで「小国町」で維持しています。11782年の町軒付帳では、商家20軒、酒造屋2軒などが見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前方に「村上城」が築かれた、

臥牛山    が望めます。         大町    の交差点。

 

 

「大町」

「村上城」の大手門(追手門)前の町。

「上町」との境は「安良町」へのT字路となり、高札場があって「札の辻」と呼ばれました。

1633年、元羽黒にあった「羽黒神社」の現地への遷宮の折、

この町が車に載せた太鼓を打って町を練り歩いたのが、「村上大祭」の初めとされます。

1635年の「村上惣町並銘々軒付之帳」には家数は37軒とあり、

1665年の文書には11軒の造り酒屋が見えます。

「大町」の由来は城下の中心的な繁華な町の意を込めたものになります。

 

 

 

 

 

各町には案内板が設置され、

村上が観光に力を入れていることがわかります。 雪国らしく、アーケードの商店街。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

益甚

 

 

1945年(昭和20年)まで造り酒屋を営み、

合併して現在の「大洋酒造株式会社」となりました。

町屋造りの店舗は国の有形文化財に登録されており、

酒を絞る「酒槽」や「貧乏徳利」という通い徳利などの展示を見ることができます。

店内では、村上市でのみ販売している銘酒「清酒 紫雲大洋盛」をはじめ、様々な地酒を販売。

 

 

 

 

 

 

 

 

「益甚」の横に建つのは、

千年鮭きっかわ

 

鮭を使った100種類以上のレシピが今に残る鮭加工品製造の老舗。

1626年に米問屋として創業し、味噌や醤油、酒の醸造などを手掛けた後に、

鮭加工品の製造、販売を行うようになりました。

歴史を感じる木造の建物内には無数の鮭が吊るされ、

店頭には添加物を一切使用せず作られた鮭やいくらの加工品が並んでいます。

一番人気は、約1ヶ月間熟成させた「鮭の塩引き」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大町文庫            吉源

 

 

「大町文庫」

村上市で開業医をしている「瀬賀弘行」さんが、2013年、

私財を投じて開館した私設図書館です。

館内には、「瀬賀さん」が深く感銘を受け、村上高校在学中より公私にわたりお世話になった

3人の先生方から譲り受けた、膨大な蔵書が保管されています。
2階建てのうち1階はお食事処「海鮮―鰭」となっており、

同級生である「ー鰭」の社長が建物の管理をしています。

 

「割烹吉源」

江戸時代後期から180年の歴史を持つ老舗。

村上の鮭や村上牛はじめ、四季折々、山海の美味を味わえます。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづく~)