Midnight Magic〜その7 | 沖野修也オフィシャルブログ Powered by Ameba

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まな板の上の鯉。そう喩えるしかなかった。僕の仕事はロイさんと共演することではない。オープニング・アクトとして、そして、終演後も時間までDJをするのが契約だ。余韻を楽しむお客さんの為に僕はロイさんの楽曲をかけつづけた。ライブで演奏しなかった名曲の数々を、僕は持ち込んだ二箱分のレコードの中から選び続けていた。

 

僕が仕事を終えるまでユージさんがロイさんを引き止められなかったらそれまでだ。ロイさんだって僕のレコーディングの為に来日した訳じゃない。僕は、選曲を彼が言ってくれたように”完璧”に仕上げることを目指した。どちらが僕にとって大事なことかは明白だった。

 

スタッフの方が終了時間を告げに来た。まだ10分もある。それは僕の人生で最も長い10分だったかもしれない。

 

ユージさんが三度びブースにやって来て僕に尋ねた。

 

「ロイがステージにあがったらすぐに始められますか?」

 

ブースの脇で池田憲一がデモを鳴らす為のMacbookで曲を再生し、イヤフォンで小節数を確認している。小野さんもブースにやって来た。

 

「まだ結構お客さんが残ってますが、何も言わずに録音始めちゃいますか?それともこれがレコーディングだってことを告げますか?」

 

エンジニアのスタンバイは小野さんが確認してくれた。準備は万端。僕は、そこに居合わせた人に包み隠さず、これから起こることを知らせることにした。僕に訪れた幸運を皆とシェアしたかったからだ。ユージさんと、小野さんのお陰で実現するであろうミラクルを、一緒に目撃して欲しかった。ロイさんが姿を現せばという条件付きだけれど・・・。

 

Roy Ayers Ubiquityの「Life Line」で、第二夜の幕を閉じた。果たしてロイさんはまだBlue Noteにいるのだろうか?池田がピン・ジャックをDJミキサーに差し込む。そして、デモ音源が鳴るか確認をする。

 

その時だ!最前列のテーブルに残っていたグループが歓声を上げた。ステージにロイさんがやって来たではないか。僕はロイさんに近づいて握手を交わす。そして、マイクでそこに居合わせた全ての人に事情を説明した。

 

「今からここでKYOTO JAZZ MASSIVEの新曲の公開レコーディングを行います!」

 

ロイさんがデモを聴きながら、鉄琴を叩き始めた。僕は、ブースに戻り、池田に曲の頭から再生する指示を出した。

 

ソロの小節数もコード進行もロイさんに説明することなく、レコーディングが始まった。ロイさんから多大な影響を受けた旋律。ヴァネッサ・フリーマンが歌うメロディーも彼がプロデュースしたEighties Ladiesに触発されて僕が書いたものだ。池田が弾いたスラッピーでブギーなベース・ラインが会場内に鳴り響く。音を拾いながら、身体全体でリズムを取るロイさんが、徐々に音数を増やして行く。お客さんが固唾を飲んでその様子を見守っていた。

 

打ち込みのビートの上で、ジャズマンが演奏することに対して僕はどちらかと言うと懐疑的なタイプだ。ジャズというものは本来コミュニケーション。決め事なしで、ミュージシャン同士が瞬時に反応するものだ。僕のデモは確かに打ち込みだったけれど、この二日間、ある意味僕はロイさんとのコミュニケーションを繰り返していた。初日のライブの観覧からの直訴。僕の前座のプレイを彼が聴き、おそらくロイさんをいい状態でステージに送り込んだ筈。更には2部のステージを受けての僕のDJプレイ。そして、今、彼は僕のデモに反応して即興演奏を続けている。

 

 

ロイさんが舞うように叩き、時にリズムから解き放たれ、再びグルーヴに合流する。僕はまだそこで起こっていることが信じれらなかった。明るい星が瞬くように、ロイさんが鉄琴を叩き続けている。ヴァネッサのエモーショナルなボーカルが姿を消し、アウトロに突入。ロイさんが徐々にスピードを下げ、着地点を探している。ファンキーなドラム・パターンが鳴り止んだ。一瞬の空白の後、お客さんが拍手喝采する。

 

オーディエンスとロイさんにお礼をした。ワン・テイク、1回のみのレコーディング。その間約6分。僕が人生で経験した最も短いセッションだった。ユウジさんが僕を労ってくれた。少しおどけた表情で僕に別れを告げるロイさん。完全に舞い上がっていた僕は、言いたいことを何も言えずにロイさんを見送った。2NDステージの後と同じようにロイさんが客席の間を通って楽屋に向かう。その様子をただ目で追うだけで、僕はステージに立ち尽くしていた。

 

Macbookを2階にいたエンジニアの所まで持って行って、録音データを回収する。小野さんと一連の綱渡りを振り返ってみた。安堵と笑いが二人を取り持っている。ファラオ・サンダースとの共演に次ぐ、二度目の小野さんのアシストに心から感謝した。

 

その夜、僕はBlue Noteの後にもDJをする予定があった。The Roomでフランスからやって来たDJと一緒に回すのだ。時計は23:40分を指していた。彼は22時から始めていたから何とか0時までには着きたかった。

 

ちなみに僕はエンジニアから受け取ったデータを確認していない。音はちゃんと録れていたそうだけれど、音量は十分だったか、ノイズは入っていないか、ロイさんのソロが本当にOKだったかを僕は一切チェックしなかった・・・。普通のレコーディングならその場でプレイ・バックして、聴き直し、僕かロイさんが満足しなかった場合にはやり直していただろう。でも僕は敢えてそれをしなかった。一発勝負。勿論、音は欲しかった。でも、僕にとってもっと大切だったのは、このミッションをやり遂げたことだった。いくつもの危機を乗り越え実現したコラボレーション。この一連の顛末を体験できたこと自体が大きな収穫だった。彼のソロが曲を仕上げる過程でフィットするかどうか全く予想もつかない。ただ一つ言えるのは、仮に僕が彼のソロを使わなかったとしても、僕は決して後悔しないと知っていたということだ。

 

タクシーは骨董通りを右折せずに、六本木通りを曲がって渋谷に向かった。見慣れた景色が、見知らぬ街のように見えた。何もかもが、光り輝いている。その時、僕の頭の中でなっていたサントラは僕のデモではなかった。それはCro-Magnon ft.Roy Ayersの「Midnight Magic」。湾岸線で撮ったと思われるミュージック・ビデオが、今の僕の視界にシンクロしていたからだろうか?車のテール・ランプが何処までも続いている。相変わらず渋谷警察横の夜間工事で道路が渋滞しているのだ。ふと目にしたタクシーの時計が、0時を回ろうとしていた。(おわり)