菊地成孔と沖野修也が奪い合う才能、類家心平 | 沖野修也オフィシャルブログ Powered by Ameba

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Kyoto Jazz Massive 沖野修也 Official Blog

去年の
Tokyo Crossover/Jazz Festival
直後のことだ。

来日していた
クロアチアのDJ/プロデューサー、
EDDY RAMICHが
REDBULL MUSIC ACADEMYの
スタジオを見学したいと言うので
青山の子供の城で待ち合わせをした。

岡本太郎の彫刻の前で
どの方角からEDDYが来るのかと
キョロキョロしていたら
見慣れた顔が近づいて来た。

「類家君!」



彼は
数々の国内若手ミュージシャンが
凌ぎを削り合った
The Roomの伝説的なセッション・イベント
"Sofa"で知り合い、
Kyoto Jazz Massive Live Setにも
ホーン・セクションに
参加してもらったことのあるミュージシャン。

久しく会ってなかったから、
「何か一緒にやろうね!」
と約束し
彼が去って行くのを
見送った。

おそらく
彼は
僕の発言を
社交辞令

受け取っただろう。

業界の
よくある
挨拶として。

「また今度飯行こうね」

「今度なんか振りますわ」

的な。

でも
いつも
セクションで
酷使wしていた彼に
自由に伸び伸びと
演奏させてあげたいな
と思っていたし、
何年も会っていなかった彼との
再会に
僕は
何か運命的なものを感じていた。

その翌週に
京都の老舗クラブ、
METROで
国際写真祭、
KYOTOGRAPHIEの代表、
仲西さんとルシールさんに
出逢うことになる。

そこで
彼等に
僕と
KYOTOGRAPHIEの
コラボの提案を受け
KYOTO JAZZ SEXTETの
構想を快諾してもらったのだ。

僕は
何の迷いもなく
類家君を
ジャズ版のオキノ・ジャパンに
抜擢することを決めた。

今や
日本ジャズ界の
若手No.1トランペッターとも
評される類家君。

売れっ子で
引っ張りだこだから
他のミュージシャンと
レコーディングの
スケジュールを合わせるのが
とても難しかった。

彼の予定を基準にすると
毎回16時まで
しかリハができないのだ。

ある日彼に
「この後何なん?」

訊いてみた。

何と
菊地成孔さん率いるDCPRG改め、
dCprGのレコーディングに向かうらしい。

そう、
彼は
dCprGのみならず、
菊地成孔ダブ・セプテットの
メンバーでもある。

謂わば、
菊地成孔さんと
沖野修也が
奪い合う
才能の
持ち主
なのである。

来週ののビルボード・ライブ大阪、
東京ジャズでの
ライブでもそのプレイはいつになく
熱く盛り上がるに違いない。

菊地さんもゲストだし、
KYOTO JAZZ SEXTETで
FREDDIE HUBBARDのカバーをするのだ。

もの静かな彼が豹変し、
全身全霊で見せる
気迫溢れる
パフォーマンスを
僕は誰よりも楽しみにしている。