五月の旅④ | 沖野修也オフィシャルブログ Powered by Ameba

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Kyoto Jazz Massive 沖野修也 Official Blog

20年もDJ をやって来てこの扱いはないよな。

世界30ヶ国、
110都市に招聘される。

なんて
華麗なる経歴は
決して嘘ではないけれど、
実は色々あったりする。

湖面を優雅に漂う白鳥も
水面下では
必至に両足を回転駆動させているように(涙)。

名ばかりのジェット・セッターは、
そのイメージを維持する為に
今日も平静を装い、
まるで
今、到着したかのように
i-phoneで何かをチェックしている振りを続けていた。

ようやく
ドライバーがやって来た。
坊主頭の巨漢。
背丈がないので
プロレスラーには
見えないけれど、
強面のボディー・ガードに見えなくもない。

小走りでかけて来た
彼は
謝ってくれたものの
案の定
あまり誠意が感じられない。

「いつもの事だから平気だよ」
と嫌味を言ったみても
全く動じる気配がない。

ところが
「俺も第一ターミナルで30分も待ってたんだ」
とこの期に及んでまだ言い訳してるから、
「僕は、2時間待ってたんだよ」
と切り返した。

すると
突然、
彼の表情が変わった。

「に、2時間?」
目を丸くして
視線を交錯させる。
その焦点は宙を舞っているではないか。

その困惑ぶりに逆に僕が驚かされてしまった程だ。

「知らなかったよ。本当に申し訳ない」

以前、パリでも同様の事があったのだが、
渋滞や事故の際は、
ドライバーを派遣する会社が
別の車を急遽手配したりする。

なので
相乗りも経験済み。

ひょっとして、
彼は
いい奴なのかもしれない。

オリジナル・ドライバーじゃなかったりする事も考えられる。
じゃ、そんなに責められないな。
いや、
元々、責める気もなかったし
責める気力もなかった。

車に乗り込むなり
僕は倒れるように
シートにもたれかかった。

マンチェスターから
サウスポートまで
どの位かかるかを聞く前に
僕は
心地よいメルセデスの振動に揺られながら
安堵とその温もりから
越冬動物が夢見る時のような
深い
眠りに落ちてしまったのだ。



どの位たったのだろう。
エンジンが停止し、
静寂の違和感が僕を現実に引き戻した。

トイレ休憩か何かで
停車したのかと思いきや、
ドライバーがトランクを開けている事で
僕はそこが目的地である事を知った。

「今日は待たせて申し訳なかった」

彼は改めて謝ってくれている。

ドライバーが遅れてくるのは珍しくないけれど、
その事をこんなにしつこく詫びるのは珍しい事だ。

それだけで僕の気持ちは随分楽になった。
期待がない分だけ、
ちょっとした事が
すごいプラスに感じられる。

僕は
彼に礼を言うと、
ホテルのロビーに向かった。

2階の受け付けで
チェック・イン。

お世辞にも美人とは言えないけれど、
背の高いブロンド女性が
最高の笑顔で出迎えてくれる。

これも珍しい事だ。
良い兆候かもしれない。
ようやく物事が上手く回りだしたのだ!

「お名前をお聞かせ下さい、それからパスポートのご用意も」

僕は、
英語っぽい発音で自分の名を告げると
彼女のリクエストに気前良く応えた。

「シューヤ・オキノ様ですよね・・・」

彼女の顔が曇る。
その急激な変化は
不吉な兆しだ。

「ご予約頂いてないようなんですが」

僕は、
自分がSOUTHPORT WEEKENDERの出演者である事を説明し、
主宰する会社の名前も彼女に伝えた。

「ノザキ・リョータさんじゃないですよね?」

僕はコントの一場面のように
カウンターから肘を落としそうになった。
全然、違うし・・・。

彼女が
JAZZTRONIKのバンド・メンバーと、
僕が知るDJ達の名前を次々と読み上げて行く。
しかし、
そこに
僕の名前と一致する発音はなかった。

そう言えば、
ホテルから会場に向かう
シャトル・バスの停車場として
別のホテルの名前が記載されてたっけ・・・。

僕は
ロビーに向かって右側にある
壁一面がガラス張りになっている窓の方に目をやった。

階下に
僕を送り届けてくれた
メルセデスのワゴンが
まだそこに停まっているのが見えた。

僕は、
間違ったホテルに連れてこられたんだ。

「ここじゃないと思う。ドライバーに聞いてみるよ」
ホテルのスタッフにそう告げると
僕はスーツ・ケースとレコード・バッグに手を伸ばした。

その時だ。

メルセデスが
ゆっくりと動き出すと、
突如、加速し始めた。

まさか?
あってはいけない事態が
再び起ころうとしている??

僕は荷物を後にして
窓際に走り寄った。

全速力で疾走する
僕のシェルターがどんどん小さくなって行く。

何をそんなに急いでるんだ?
また、呼び出しか?
いや、君のやるべき事はそんな事じゃない筈だ。

僕の心の独白は、
僕にすら聞き取れない位
小さく、
頭の中で
こだましている。

ガラスに写り込んだ僕の両目は
いつまでもその行方を追っていた。

(つづく)