続孤独食 | 沖野修也オフィシャルブログ Powered by Ameba

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Kyoto Jazz Massive 沖野修也 Official Blog

別のウエイトレスが持って来た
ビル(請求書)は、
わずか、6ポンド50セント。
飲み物1杯分の金額だった。

ちなみに
彼女は
僕をテラス席に案内し
「1時間だけのご利用お願いします」
と事務的に告げた店員だった。

僕は、
メインとビールを頼んで
20ポンド程の支払いの筈。

現金を小銭で10ポンド程持っていたから、
7ポンド程置いて、
そのまま去ってしまうって選択肢もあった。
何喰わぬ顔して。

一人でディナーを済ませた事の
ご褒美だなんてちょっと嬉しくなってみたり。

彼女の対応が冷たかった事への
罰だとも思ってみたり・・・。

英語が判らないふりをして
早足で店を出て公園を横切って行く。

自分のミスは激しく後悔し、
時にその余波が自分の仕事や生活に悪影響を及ぼし、
何もかもが台無しにしてしまう事があるというのに、
他人のミスは、
たとえどんなに小さくても
人をハッピーにする事があるんだなー等と感心しながら
口笛を吹いて・・・。

その時だ、
背後で誰かが叫びながら走ってくるのに気付く。
絶対
元ラグビー部員だろうと思われる
屈強な店員が、

僕を見つけ、
もの凄い勢いで
急接近しているではないか。

あっと言う間に
僕はタックルで地面に叩き付けられ
芝生に顔面を殴られる。
そして、
草汁の匂いが
針のように鼻腔の奥に突き刺さった。

苦し紛れに僕は日本語で叫ぶ!
「食い逃げじゃないよ!
あれは、
君たちのミスじゃないじゃないかーーーー!!」


































































































なんて事を
想像したら、
気分が悪くなって来た。

当然の事ながら、ちゃんと払う事にしたのだ。

そんな事が本当に起きてしまったら、
2度と一人で外食できないトラウマになるかもしれない。

結局、
ウエイトレスを呼んで
ビルが間違っている事を伝えた。

そうすると
彼女は
大きく息を吸い込み、
「本当に申し訳ないです。
お申し出、ありがとうございます」
と自分自身に呆れ返るような顔をして僕に詫び、
礼を言ってくれた。

「俺って、正直すぎるかな」
と冗談を言いながら
クレジット・カードを渡すと、
彼女は、
「そんな事ないです。私のミスですし、
トラブルから私を救って頂いたんですよ」
と申し訳なさそうな
ひきつった笑顔で
僕の謙遜を否定した。

「実は、今日は朝からてんてこまいだったんです・・・」
クレジット・カードを
肥大した電卓のような機械に差し込みながらそう言うので、
「こんなに天気が良ければ、
店も繁盛するからいいじゃないか」
と僕は彼女の言い訳を理解し、その苦労を讃えた。

カードを裏面のサインを確認する時、
恥ずかしそうに
「クールなサインですね」
と彼女は言った。

勿論、
お世辞だと判っていたが、
「あなたがサインをする時、
どうやって書くのかを見ていてもいですか」
と言うから
「君の名前も日本語で書けるんだよ」
と伝え
メモ用紙がないかどうかを尋ねた。

彼女は
慌てて、
その機械のボタンを押し、
請求書と同じサイズの白紙を
取り出し
僕の
テーブルに差し出した。

「名前は?」
「ケイトです」

僕は、
気意図
と書いて
その下に
FEELING-WILL-PLAN
と英語で説明を加えた。

彼女は
目を見開いて、
さっきより
大きな声で
「クール」
と言った。

そして、
店内を見渡し、
一人のウエイターを呼んだ。
「マリオ、ちょっと来て!」

少し、興奮気味に
彼女が僕にリクエストする。
「彼の名前も
日本語にしてくれない?」

マリオが
彼女と僕の顔を交互に見て
ニコニコしている。

僕が
「マリオって名前の人は、日本にもいるんだよ」
と説明したら、
真理夫
と書く様子を
二人がまじまじと見つめている。

ケイトと同様に
英語の解説を付け加えたかったのだが、
夫という字に対応する良い英語が思いつかなかった。

僕は
今までも多くの
外国人に
同じ
翻訳を
プレゼントしてきた。

ただの宛て字じゃない。
音が合ってるだけじゃなく
ちゃんと意味があって、
その意味が
その人の性格を現していたり
もしくは
その人をポジティヴにするような
解釈となっているような・・・。

ペンを止めて
僕がベストな言葉を頭の中で
検索している間、
二人がずっと僕のテーブルの前で待っていたので
僕は
「ちょっと時間がかかるからちゃんと働きなよ」
と弱い命令で彼等を本業に復帰させた。
まるで
スターにサインをねだっているファンのようだったから(笑)。

勿論、
彼等は
僕の事なんか知らない。
多分、
KYOTO JAZZ MASSVEの事も知らない。

でも
くそ忙しい日に
一人の日本人がやって来て
請求書が間違っている事をわざわざ申告し、
その上
自分達の名前を
漢字にしてくれた事は
当分
忘れないだろう。

それは
ひょっとすると
DJ
沖野修也のサインよりも
価値あるものかもしれない(苦笑)。

結局、
真理夫には
REAL-REASON-MAN
と書き加えた。

夫という字を変えても良かったんだけど、
そのままでもいい意味だったし、
無理に雄や男にする必要もないと思ったからだ。

席を経つと
マリオにメモを手渡し
ケイトを探した。

二人が
一緒に
出口までやって来て
満面の笑みで
僕を見送ってくれる。

「本当になんとお礼を言えばいいのか・・・」
ケイトは、勘定の事も忘れていないらしい。

僕は
「良い週末を」
とだけ言って店を出た。

時間は8時を回っていたけれど。
ST.JAMES PARKでは午後の日差しがまだまだ健在で
多くの人々が
寝そべったり
デッキ・チェアーに腰掛けていたりした。

僕の旅はまだ始まったばかりなのに
なんだか
一仕事終えたような気分だ。

一人でディナーを済ませ、
二人の名前を日本語に変換し・・・。

適当な場所を見つけると
僕は
アディダスのジャージを脱いで、
芝生の上に広げた。

そして、
寝転んでみた。

風が夏草の匂いを
目に見えない蜂のようにあちこちに運んでいる。

それは
僕が想像していたものとは随分違った。
もっと優しくて
もっと爽やかな香りがしたからだ。

流れる雲を追ってみた。
日本では見る事のない
珍しい形の雲を。

しばらくすると
どこからともなく
サッカー・ボールが僕の方に転がって来た。

上半身を起こし、
辺りを見回すと
遠くで一人の若者が手を振っているのが見えた。
フリー・スローをするみたいに
彼に向かってボールを投げる。

彼が礼を言うのは聞こえなかったけれど、
ちっとも悪い気はしなかった。

僕は
もう一度
空を仰ぎ
ゆっくりと
背中を地面に重ねてみた。