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shunの絵かき帳

波乗りが好きすぎてhawaiiに移住してしまった人間のちょいとお馬鹿な絵日記








今年はハワイの夏を満喫することがてきそうです!何故なら僕等が住んでいるタウンは夏になると波が極端に良くなるからだ。

2年間別のことに全力疾走してサーフィンができてなくて、、、

一度、死を覚悟したことで、全ての見方が変わって今ある生き方を貫くことを実行することにした。

3-5fの波でもまたサーフィン出来る現在に感謝して今後も前向きに生きようと思う。

生きることを楽しむ。

これだけだ。



ハワイに戻るとその足で直ぐにがんセンターに向かい、今後の放射線治療についてドクターとミーティングが行われた。

僕の仕事は寿司職人だ、今の職場はハワイでも1-2を争う程の有名店で、当然忙しさも半端じゃない。

食材も使う量が並みじゃない為、営業が夜5:00からでも朝から仕込みをしなければ間に合わないといった状態だ。

仕込み後、営業迄に3時間程度の休憩がある為にその時間に放射線治療を毎日45分程こなすスケジュールが僕の生活に組み込まれた。

治療を開始する前に大体の流れ、副作用的な物を理解する為にインターネットなどで予備知識を仕入れておいたけれども、国が運営するサイトには、大した副作用に対する説明が書いていなかった為に安心して治療に専念する心構えがその時には出来ていた。

一応、万が一の為と、普段の息抜きにをしてもらう為に家族は数ヶ月日本に滞在してもらうようにしてもらった。


本音はもし、放射線治療で結果的に苦しむことになった際に、奥さん、子供に苦しみを見せたくない自分の意地、もしくは最悪のケースを考えてのことだったと思うが、何故自分がそれをその時に選択したのかは未だにわからない。

治療を始めて1週間くらいたった日に当然営業中にその副作用が現れ始めた。

お客さんと話していて、喉が急激に渇き、唾が飲み込めない。何とか水を飲んで誤魔化すけれども、喉の渇きが治らない。焦りがありつつも一日の激務が終わり、また翌日からの仕事が始まる為にその日は早めに就寝した。

順調に治療をこなしながら、毎日の忙しさに半ば副作用を忘れかけていた時に、突然に絶望的な痛みが喉に現れはじめた。


唾を飲み込むと激痛が喉全体に広がる。まるで、カミソリを飲み込んだ後のような痛みが喉に広がる。  

お客さんを目の前にして、脂汗が顔に出始め真っ青になっていたと思う。

ついにきた、副作用だ。これが痛み。なんでこんな痛みが治療でてくるんだ?


何故だ?どうして治療に副作用がでるの?助けて、死にたくない。


ずっと同じ言葉が頭の中で反響していてもはや冷静さなんて、失っていた。


嫌だ嫌だ嫌だ、

死にたくない、

助けて!お願い!!

これが後一カ月続く、

僕は癌よりも放射線治療の副作用に恐怖を覚えた。

家に帰って理解できたのは、絶望感だけだった。










治療を開始する前に会社のバケーションで日本に一時帰国することが決まっていたので、必然的に治療はハワイに渡航後に開始することに決まった。


会社で決められているバケーションの時間は一週間の為、日本で滞在する時間があまりにも短い。当然、カツカツのスケジュールを組まなければならない。

一歳になった娘の披露の為の奥さんの実家への挨拶、実家への挨拶、お墓参り、20年振りの旧友達との再会、親友との再会、前職の上司への挨拶。

これらを全て与えられた時間でこなさないといけない現状で、全てが幸せな報告での再会なら良かったけれども、自分が癌である事実を伝えなければならい気持ちは本当に辛くて、今考えればまともに話しすら出来ていなかったと思う。

滞在中の日本はちょうど桜が咲くか咲かないかの微妙な時期で、ハワイに渡航後は桜を一回も見ていない現実に次に桜を見る時は必ず完治して、家族一緒に笑顔で見るんだと自分に言い聞かせていた。

日本の滞在時間はあっという間に過ぎて渡航の日になり、いよいよ癌との戦いが始まる。
  
ハワイ行きの飛行機の中、海外旅行で浮かれている人々の中で、一人だけ目に涙を溜め込みながら今後の自分の人生をずっと考えていた。

娘の成長を見守る。

負けられない。

死なない。

ずっと同じことを繰り返し考えていた。









癌を告知された日、担当した医者から紹介されたのはハワイの国立癌センターだった。

医者の大学時代の親友がハワイの癌センター、放射線科を専門にしている医者らしく相当信頼しているらしい。

早速アポイントを入れて向かうことになった。

自分にとっての癌センターを訪れるのは生涯で2回目だ。

父親が肺癌になって抗癌剤と痛み止めのモルフィネでヨレヨレになって、最後には他界した嫌な場所で、自分にとっては二度と近寄りたくはない場所だったのだが、まさか自分がその当事者になるなんて夢にも思わなかった。

嫌な気分になりながら受付を済ませ待合室に待機していると患者の半数が自分より年上の方々で何故か場所の空気が重い。

更に気が滅入りながら待ち続け、名前を呼ばれて個室に向かい担当の医者と話をすることになった。  

担当する医者はいかにもなアメリカ人で物凄く陽気な白人の男性だった。

世間話しからはじまり、僕自身の仕事の話しで盛り上がり、終始リラックスした状態での問診だった。

最終的に、癌のステージが1に満たないのと、ポリープを除去した為万が一の為の放射線治療だと医者は言った。それにアメリカの場合は放射線量が多い為、早く治る可能性がある、とも言っていた。

癌患者にとっての希望、治る、安心しなさい。この言葉がどれだけ支えになるか、当事者にしかわからない。一般の人間には癌は死の病気と認知されているからだ。

全てを説明してらもらい副作用の話しもされたが、確実に治るとゆう医者の言葉に有頂天になりあまり副作用に対して特に気にすることはなかった。医者曰く、声帯の場所、首回りが多少火傷するかもしれないのと、唾液が副作用で出なくなる為虫歯があれば早めに治療して下さいとのことだった。

スケジュールが整いしだい治療を開始する、治療時間は大体40分前後、仕事をしながらできるとのことだったので気楽に考えていた。

後に起こる副作用の恐ろしさを全く考えていなかった。その時はただただ希望に満ちていた。

家族のことを考えながら。。。。






社会人になってから友達を作るのは本当に難しい。

特に人見知りが激しい僕にとっては尚更なわけで、この人間性は小さな頃から40になった今まで何一つ変わってない。

そんな人間性の僕がHAWAII に渡航後、知人の紹介で仲良くなったサーフィン仲間のじゅん君とその友人達を除いては多分未だに変わりは無い。

その後色々な場所でお世話になり一緒にサーフィンし友情を深めていった

そんなじゅん君が貴重な時間を作ってHAWAII に来てくれた。

心から今の自分の現実を心配してくれた彼の行動に対して、何も言葉が言えなくて、ただただ一緒にサーフィンをしていた。申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちとが、交互になりながら。

彼は自分とは真逆性格だと思う。色々な友人がいてアクティブで面白い、毎回彼の友人を紹介してくれ、人に対して少しづつ心を開いていけたのも彼のお陰だと思っている。

そんな彼と僕の共通の知り合いがハワイに居て、たまたま食事に誘われて行った場所に昔の職場の先輩が同席していたのもきっと彼のなせる技なのかもしれない。

久しぶりにお酒を飲んで笑って、良い休日を過ごせました。





親友、心友と呼べる友に感謝です。

本当にありがとう。

   




先日は幼稚園から一緒の幼馴染とサーフィンしてきました。

正直な話し、高校からまるで何をしていたかもわからない幼馴染だったけれども、2年前に20数年ぶりに再会したのをきっかけに同じサーフィン好きとしてまた話すことができて、意気投合してハワイで一緒にサーフィンができるのは本当に幸せなんだなぁって痛感して、たくさん笑って気持ち良くサーフィンして、これもまた自分にとって、良い治療法なんじゃないかなって、、


ずっと、死ぬまで続けていこうと再確認した一日だった。
 
keep surfing forever 

今日はいつもお世話になっている

伊藤ヒロさん

kid’s hurt too http://www.kidshurttoo.org/

からの紹介で日本から来られている、日本ホリスティック医学協会会長で、西洋医学に中国医学や代替療法を取り入れ、医療の東西融合という新機軸を基に、がん患者などの治療に当たる、帯津 良一 先生のお話しを、ハワイ在住の様々な癌患者の方々と一緒に受講してきました。


参加の目的の一つとして、自分の治療法に対して信頼はあるもののいつも孤独であり恐怖感、不安が大きく今日の機会で色々と相談しようと思ったのが一つの大きな理由でした。


今日集まった30人弱の方々一人一人の癌になった経緯や治療法など、病気に対する先生への質問などを聞かせていただきました。質問対し、親身になって正確に答えて下さる先生に感謝ですが、何よりも同じ癌とゆう病気で戦っている方々との出会いが僕にとって本当に救いでした。うわべだけじゃない本当に辛い苦しみを理解してくれる人達。今日は心から救われた一日でした。ヒロさん、本当にありがとうございます。




患者はいうまでもなく、家族、友人、医師、薬剤師、看護 師、鍼灸師、心理療法士などが当事者となってつくる場の営みである。当事者すべてが自らの生命の場を広げながら相手の場に絡ませていき、コヒーレントな場 をつくる。

  そして、当事者ひとりひとりの努力によって、そのコヒーレントな場のポテンシャル・エネルギーを高めていくことによって、患者はもちろん、すべての当事者が癒される。これが医療である。

   病気であろうとなかろうと、人間は生きていく上で希望ほど大事なものはない。患者の希望を支えつづけることこそ医療の最大の役割といってよいだろう。楽しさと希望はプラシーボ効果を高め、それぞれの療法の効果を倍加することはまちがいない。


本当にそうだと思う、今日は本当に前向きになれた一日でした。今日とゆう一日に感謝します。