ハワイに戻るとその足で直ぐにがんセンターに向かい、今後の放射線治療についてドクターとミーティングが行われた。
僕の仕事は寿司職人だ、今の職場はハワイでも1-2を争う程の有名店で、当然忙しさも半端じゃない。
食材も使う量が並みじゃない為、営業が夜5:00からでも朝から仕込みをしなければ間に合わないといった状態だ。
仕込み後、営業迄に3時間程度の休憩がある為にその時間に放射線治療を毎日45分程こなすスケジュールが僕の生活に組み込まれた。
治療を開始する前に大体の流れ、副作用的な物を理解する為にインターネットなどで予備知識を仕入れておいたけれども、国が運営するサイトには、大した副作用に対する説明が書いていなかった為に安心して治療に専念する心構えがその時には出来ていた。
一応、万が一の為と、普段の息抜きにをしてもらう為に家族は数ヶ月日本に滞在してもらうようにしてもらった。
本音はもし、放射線治療で結果的に苦しむことになった際に、奥さん、子供に苦しみを見せたくない自分の意地、もしくは最悪のケースを考えてのことだったと思うが、何故自分がそれをその時に選択したのかは未だにわからない。
治療を始めて1週間くらいたった日に当然営業中にその副作用が現れ始めた。
お客さんと話していて、喉が急激に渇き、唾が飲み込めない。何とか水を飲んで誤魔化すけれども、喉の渇きが治らない。焦りがありつつも一日の激務が終わり、また翌日からの仕事が始まる為にその日は早めに就寝した。
順調に治療をこなしながら、毎日の忙しさに半ば副作用を忘れかけていた時に、突然に絶望的な痛みが喉に現れはじめた。
唾を飲み込むと激痛が喉全体に広がる。まるで、カミソリを飲み込んだ後のような痛みが喉に広がる。
お客さんを目の前にして、脂汗が顔に出始め真っ青になっていたと思う。
ついにきた、副作用だ。これが痛み。なんでこんな痛みが治療でてくるんだ?
何故だ?どうして治療に副作用がでるの?助けて、死にたくない。
ずっと同じ言葉が頭の中で反響していてもはや冷静さなんて、失っていた。
嫌だ嫌だ嫌だ、
死にたくない、
助けて!お願い!!
これが後一カ月続く、
僕は癌よりも放射線治療の副作用に恐怖を覚えた。
家に帰って理解できたのは、絶望感だけだった。


