離婚を告げられた、あの日の衝撃から
私は必死に、
どうしたらこの苦しみが終わるのか、
答えを探していた。
インスタやブログを読みあさって、
「自分が変われば、相手も変わる」
その言葉を、
「私が変われば、旦那は離婚を取り下げて、
元の私たちに戻れる」
そんなふうに、自分に都合よく変換して信じていた。
その希望だけを胸に、
私は一生懸命、自分と向き合ってきた。 それが生き延びるための策だったといまは思う
でも、どれだけ私が変わっても、
旦那は「私が望むようには」変わらなかった。
毎日部屋にこもり、
私とはほとんど会話をしない。
「私が変われば、彼も変わるんじゃないの?」
「まだ足りないのかな」
「もっと変わらなきゃいけないのかな」
そんな思いが少しずつ積み重なって、
悔しくなって、
最近は、とても苦しかった。
確かに、
息子との間には境界線ができたし、
会社でも、以前より楽に過ごせている。
それは、自分と向き合い続けてきた結果だと思う。
それでも……
いちばん変わってほしい旦那との関係だけが変わらないことが、
ずっと心の奥に引っかかっていた。
ここ数日、
心理学者ユングを解説しているYouTubeを見つけて、
その中で、すっと腑に落ちた言葉があった。
人はそれぞれ、生まれも育ちも違う。
成長のスピードは、その人のもの。
アイデンティティは、これまでの人生の中でつくられてきたもの。
今の状況が、
相手にとっては居心地がいいのかもしれない。
変わらないのも、相手の自由。
変わってほしいと願うのも、私の自由。
どちらも、間違いではない。
その人の価値観や行動の癖は、
育ってきた文化や家庭の価値観に深く根ざしている。
それを変えてほしいということは
その人の土台を否定することになる。
感情を抑える文化で育った人に、
感情を表に出すことを求めるのは、その人の根本を変えてほしい、ということ。
相手の価値観も美しい。
私の価値観も美しい。
自然界のすべてのものには、成長のリズムがある。
桜は春に咲き、紅葉は秋に色づく。
人にも、それぞれの成長のリズムがある。
時間が一番の解決策
短い時間で変わる人もいれば
長く時間がかかる人もいる
そんな当たり前のことを、
私はこれまで何度も聞いてきたし、目にもしてきた。
でも、今が、私が受け取れる時期だったんだと思う。
旦那は、アメリカの文化の中で育った。
父親は軍人、母親は牧師。
厳しい家庭環境の中で、
学校には行かず、教会の中だけで、限られた人間関係の中で育ってきた。
私とは、まったく違う世界を生きてきた人。
彼が生まれてから、
どんな感情を抱えて育ってきたのか、
私には想像もできない。
どんな思い込みやブロックを身につけてきたのかも、
わからない。
そう思えるようになると、
部屋にこもる旦那を見ても、
「私が嫌われているからだ」とか
「別居したいのに、私が引き止めているからだ」とか
「私のせいだ」とか
「私がもっと変わらないといけないからだ」とか、
そんな思い込みから、
少し距離を取れるようになった。
彼は、彼の事情で閉じこもっている。
彼が築いてきたアイデンティティの中で、今の行動を選んでいる。
それは、私とは関係のないこと。私に操作できることでもない。
会社では、
上司との関係に悩みながら、
一年近く試行錯誤してきた。
「私が変われば、きっと状況も変わる」
そう信じて、
アプローチを変えたり、
思い込みを緩めたり、
できることを重ねてきた。
確かに、過ごしやすくなってきたし、
自分の立ち位置もつくってきたと思う。
それでも、
私が変わっても、上司は「私の思うようには」変わらなかった。
彼女も、彼女のペースで生きている。
そう気づいたとき、
私はやっと、部署異動を考え始めた。
以前の私は、
部署を変えても、
自分が変わらなければ、
また同じ状況が繰り返されると思っていた。
だから、ここで自分をつくり上げるしかないと、
思い込んでいた。
昔、カウンセラーさんに言われた言葉。
「今起きている問題は、あなたの魂の課題。
これを乗り越えないと、一生同じ問題がついて回る」
その言葉に、私は長い間、縛られていた。
逃げたら、同じ問題が繰り返される。
ずっと、そう思っていた。
(それが原動力になって、
ここまでやってこれたのも確かだけれど)
でも、今は違う。
部署異動をすることは、逃げじゃない。
これは、「選択」なんだと思える。
逃げというのは、
見ないこと。
感じないこと。
考えないこと。
そして、繰り返すこと。
選択というのは、
見て、
感じて、
考えて、
その上で「私はこれを選ばない」と決めること。
全部やり切ったからこそ、
選択をできる そこに立てている
「自分が変われば、相手も変わる」
それは、きっと本当。
旦那も、以前よりずいぶん柔らかくなった。
私をにらむことも、なくなった。
でも、
「私が望む形で」変わるわけではない。
それを、今、やっと心から理解できるようになった。
もしこの先、
私がいつか離婚を選ぶときが来たとしても、
それは逃げではなく、
私自身の選択になる。
昨日、仕事から帰ると、
玄関横の旦那の部屋から、
明かりが漏れていた。
それは、彼がもう部屋にいるというサインだった。
以前なら、
それだけで心が沈んでいた。
でも昨日は、
「彼は彼の思うところがあって、
彼のスピードで生きている」
そう思えた。
同じ景色なのに、
受け取り方が違うだけで、
こんなにも心が軽くなるんだと、
少し驚いた。
そのあと、
夜の散歩にひとりで出かけて、
いろんなことを考えていた。
そして、ふと浮かんできた。
私はもう、やり切ったのかもしれない。
それは、諦めではなくて、
静かな達成感のようなものだった。
「もういいよ」
「よく頑張ったね」
「もう大丈夫だよ」
そんな、ほんのり温かい気持ちが、
自分の中に、そっと浮かんでいた。