英語教室に 4歳のMちゃんが新たに加わった

基本的に親御さんは同席しないがルール
1回目 お母さんはMちゃんを教室に入れると そのまま帰っていった

50分のあいだ Mちゃんは何度も入口のほうを見つめて 目に大粒の涙をためて小さな声で「ママ…」とつぶやいていた

何度かmちゃんに声をかけていると 後半 そっと私のひざに乗ってきた


2回目は 「本人が落ち着くなら、同席しても大丈夫ですよ」と事前に伝えていたので お母さんも一緒に教室で過ごした

お母さんがそこにいる それだけでMちゃんは安心してクラスに参加していた

 

3回目 またお母さんはいなかった
そしてまた、目いっぱいに涙をためて「ママ…」と何度もつぶやいていた
ほとんど授業には参加できずに 40分を過ぎたあたり 残り10分のところで やっと生徒の輪の中に入れたようだった

 

私は Mちゃんを見たときからずっと
「小さいころの私に似ている」と思っていた

短くそろえた前髪 きれいなストレートの長い髪 写真の中の幼い私とよく似ている

 

でも・・・ 泣いているMちゃんを見るたびに 私の心に浮かんだのは 優しい感情ではなかった

「なんで泣いてるの」
「50分くらい我慢しなよ」
「泣いたってどうにもならないよ」

そんな言葉が 胸の奥にあることを自分でわかっていた

それでも私は先生だから Ⅿちゃんに声をかけながら ほかの子どもたちにも目を配りながら 授業をした

 

3回目の授業が終わったあと 私はひとりで目を閉じた

Mちゃんに向けているこの感情は きっと小さな自分に向けているもの だから向き合おうと思った

目を閉じると 窓の外を見ながら「ママ…」と涙をためている 小さな私がいる

そこに現れた大人の私から 出てきた言葉は・・・
「泣いてもしょうがないよ」

大人になった私でさえ 子どもの私に優しくできなかった

ああ、私はまだ 小さな自分に優しくなれないのか・・・ 現実の自分に戻った

 

どんな記憶があるのか 思い出してみると 

冬の日 学校から帰ると 家は凍えるほど寒かった
暖炉に必死で火をつけようとしても うまくいかない
外は3時すぎには暗くなり、
部屋は寒くて 暗くて 怖かった記憶が出てきた

あのときの私は きっとさみしくて不安だった

 

毎日 仏壇に手を合わせて泣いている母
理由はわからない
「お母さんは不幸なんだ」
「ここからいなくなってしまうかもしれない」
小さい私は こんな思いを持っていたように思う

 

ピアノをやめたいと言っても聞いてもらえなかったこと。
いじめられても「負けるな」と言われただけだったこと。

母親に寄り添ってもらえなかったこと 思い出すと 涙があふれた 

寄り添ってもらいたかったよね わかってもらいたかったよね さみしかったよね

自分に何度も声をかけた

 

もう一度 窓の外に母を探している小さな私を目を閉じて 思い浮かべた

「大丈夫だよ お母さんは来るよ」

やっと 大人の私からその言葉が出てきた

 息子が保育園のとき 毎朝泣いていた 私は彼に寄り添えなかった
また泣いてる…なんでそんなに泣くんだと怒ってさえいた
そりゃそうだよね だってあの頃の私には寄り添えることはできなかったよ 知らなかったから…
私のなかに寄り添われたことがなかったから ないものは出せなかった


自分と向き合うことは 螺旋階段 何度も同じ場所に戻ってくる
それにしても この階段は どこまで続くのだろう