作次郎 1 |  月は欠けてるほうが美しい

 月は欠けてるほうが美しい

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浩太は静岡にある母親の実家にいた。
毎年、小学校が夏休みになると、美容院をやっている母親が子育てから開放する為に息子を祖父母に預けていたのである。

「じっちゃん、トマト、もいで来てもいい ? 」、浩太は祖父の畑にある青臭いトマトが大好物だった。
「おぅ、よいよ。マムシ踏まんよう気をつけいよ。」、祖父は盆栽の手入れに夢中だ。
浩太は何列も細長く並んだトマトの木から、その日一番の美味しいトマトを探し出すのが何よりも楽しみだった。
「あったあった、今日の一番はコレだな。」、浩太が赤黄色のトマトに手を伸ばすと、木の裏側からヌっと薄汚い手が出てきて大切なトマトをもいでいった。
浩太は腰を抜かした。
「じっちゃん ! じっちゃん ! 河童にトマト盗られた !! 」
「河童ぁ ? そんなもん居らんよ。そいつは五所山の作次郎だ。」、祖父は盆栽から目を離す事なく、畑から駆け込んできた浩太に言う。
「作次郎 ? 」、浩太はポカンとした。
「そう悪さはせんから、トマトはくれてやれ。それから、納屋に行って竹の皮の包みがある筈だから取っておいで。」、祖父は浩太に向き直って微笑む。

その日の夕飯は獅子鍋だった。
「じっちゃん、これさっきの包みの中身 ? 」
「そだ。トマトの代わりに作次郎が置いてった。」
「作次郎さん、イノシシ売ってるの ? 」
「違う。自分で狩り採るじゃ。あいつは山ん中に住んどるもんだから。」
これを聞いた浩太はエラく不思議に思った。
翌日、浩太がザリガニ採りに田んぼのあぜ道でかがんでいると、手元がにわかに暗くなった。
横を見上げると酷く日焼けをして薄汚い「作次郎」が立っている。
浩太は作次郎の野性的な風貌に肝を冷やした。
「・・・ザリガニ、食べるの ? 」、浩太は蛇に睨まれたカエルの様に怯えながら言った。
「食わん。まずいから。」
「それ、何が入ってるの ? 」、浩太はモコモコと動いている作次郎が腰から下げた布袋を指差した。
「マムシ。」、作次郎はボソっと言った。