キャットファイター ファイナルラウンド |  月は欠けてるほうが美しい

 月は欠けてるほうが美しい

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男は美緒が搬送された病院の医師に呼ばれた。
「腹膜に軽い裂傷はありますが、内臓の損傷はありません。ただ・・・膵臓を中心とした癌細胞と思われる腫瘍の進行が思わしいものではありません。はっきり言って致命的です。これは治療を続けているんですよね ? 」、医師の言葉に男は唖然とした。
「いや、姪は私の仕事の手伝いをしに最近来たばかりなので聞いてみないと判らないです。」、男は美緒の様々な事情をまるで知らない事を愚かに感じた。

男は美緒の病室に向かった。
「おじさん、田岡さんって言うんだねぇ。入院同意書、見ちゃった。」、美緒は子供の様に笑う。
「お前だって「山口」じゃないか、ありふれてるよ。」、田岡もぎこちなく微笑する。
「もう、先生に聞いたんだろ ? 私の病気の事は。」、美緒は真顔で田岡を見つめる。
「ああ。・・・お前、ずっと痛かったんじゃないのか ? 病院にも通ってないよな ? 」
「いいんだよ、人間はいつか死ぬんだ。大切なのはどう生きるかなんだ。」
「聞いた風な事を言うんじゃねえ。お前、親兄弟はいるんだろ ? 」、田岡は美緒の事を初めて尋ねた。
「いるよ。だけどね、会いたくない事情ってのもあるんだよ。その話は勘弁してくれよ。」、彼女はそっぽを向いて捨て台詞した。
「おじさん、店があるんだろ ? 帰らないとオバちゃんたち夕飯のオカズに困るぜ。」、美緒は布団にもぐり込んだ。
「また今夜、見舞いに来るからな。」、田岡はそう言って病室を出る。
美緒は布団の隙間から手を出し「バイバイ」をした。

田岡は店を早仕舞いして病院にやってきた。
「あ、田岡さん。入院費のお釣り預かってます。」、ナースステーションから事務員が駆け出してきた。
「え、何ですか ? 」
「山口さん自主退院したんですが、会計で「お釣りは叔父に。」って行っちゃったんで。」、事務員は領収書と小銭を田岡に渡した。
「あいつ・・」、とひとこと言って田岡は店に戻る。
店に美緒は居らず、それからは音信もなかった。

半年ほと経ったある雨の午後、美緒の父親と思われる男性から宅急便が届いた。
小さなメモに、「娘の遺品にお名前と住所が書いた品物がありましたので、一応送らせていただきます。」、と書いてあった。
中にホワイトマジックで書いたウィスキーのホケット瓶が入っていた。
「まるで捨て猫じゃないか・・・」、男はポケット瓶を握り締めて泣いた。
雨は風を伴って店の窓を殴りだした。