キャットファイター03ラウンド |  月は欠けてるほうが美しい

 月は欠けてるほうが美しい

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「おらっっ ! メシ食わねぇのか !? 」、男の銅鑼声に美緒は目を覚ます。
「あっ、すみません ! 布団に寝たの久しぶりなんで寝坊しました ! 」、美緒は下着姿のまま調理場に飛び出した。
「ここは、ソープじゃねえっ ! そこの白衣を着て来い ! 」、美緒は再び男に叱られる。
慣れない仕事は忙しく、あっという間に一日が終わる。
男は片付けをしながら美緒に話し始めた。
「人間の筋肉で一番速くしかも正確に動くのは、外眼筋と呼ばれる目を動かす筋肉だ。相手が打ち込んでくる時には必ず一瞬目標を見定める。この時の目の動きは0.08秒、しかも1/100ミリ以下だ。でもこれを見切れれば相手の次の動きが判る。」
やみくもに戦っていた美緒には男の言う事が希望の光にも絶望の影にも聞こえた。
「おじさん、私どうすればいいの ? 」
「とりあえず、メンチカツを揚げる時の油の沸騰泡の一つ一つを見切れるようにしな。そうすれば動体視力も揚げ物も上手くなる。」、と男は珍しく笑った。

美緒は来る日も来る日も揚げ鍋をガン見し続けた。
やがてある日、仕事が終わると男が彼女の肩を叩き、「お前、揚げ物は一人前になったな。目はどうだ ? 」、と言った。
「闘ってみないと判らないよ。」、美緒にはまるで自信がなかった。
「今日はお前の給料日だ。これに15万入っている、好きに使え。ひと月休み無しだったから明日は休んでいいぞ。」、そう言って男は美緒に封筒を渡す。
「えっ !? おじさん、ありがとう ! ・・・ちょっと電話借りてもいい ? 」、美緒は無性に試合のノミネートをしたくなった。
彼女はしばらく電話で話していたが、「今夜、空きがあるって ! 行ってくるよ。」、と化粧もせずに飛び出した。

キャットファイトは非合法である。
通常、平日に地下のライブハウスなどを興行主が借りて秘密裏に行う。
この日の賭け率は美緒が5倍で相手は2倍だった。
もちろん、負け続きの美緒の賭け金は美緒が払う。
ライブハウスのむき出しの床にゴングが鳴った。
美緒は相手の目を見据える。
1/100秒、相手の目が右に動いたのが判った。
美緒は左に身をかわし、右のジャブを相手のこめかみに叩き込んだ。
見事なカウンターパンチだった。
相手が尻もちを付いて倒れる瞬間、美緒の全身の血潮が沸き揚がる。