キャットファイター02ラウンド |  月は欠けてるほうが美しい

 月は欠けてるほうが美しい

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バス停で話す二人に雨は容赦なく降り続けた。
「あんた、何処に住んでるんだ ? 」、男はウィスキーをひと口呑んで栓をした。
「今月からホームレスだよ。」
「じゃあ、ウチで働け、外人雇ってたが辞めちまって困ってる。三食付きの住み込みだ。」、男の言葉に女は振り向く。
「えっ ? 何屋さんなの ? 」
「ケチなメンチカツとかの揚げ物屋だ。顔のキズが治ったら、ソープとやらでまた働けばいい。」、そう言うと男は傘をさして歩き出した。
女は少したたずんでから男の後を追って歩き始めた。

「朝飯は6時、前の日の売れ残りと米飯だ。風呂は2日に一度、仕事が終わるのは夜の9時頃、それから片付けだ。」、男は店舗の鍵を開けながら話した。
「この部屋を使いな、便所はそこの奥にある。腹が減ったら店にある売れ残りを食べていいぞ。」
「ありがとう、おじさん。私、美緒っていうんだ。おじさんは ? 」、美緒は男からもらったタオルで顔の雨水をぬぐっている。
「おじさんでいい。お前は俺の姪っ子という事にしておくからな。」
「おじさん、恩に着るよ。」、美緒は深い皺のある男の顔を見つめた。
「恩に着なくていい、キチっと働いてくれればいいんだ。 それよりかお前、一発俺にパンチをよこしてみろ。」、男は両の拳を構える。
「あははっ、こんなんでも当たると痛いよ。」、そう言って美緒は男にジャブをかました。
しかし、美緒がジャブを打つ前に男の右手が素早く彼女の鼻をつまんだ。
「お前、本当に弱いんだなぁ。俺は拳闘はやった事はないが剣道は師範まではいった。だから相手がどう動くか位はわかる。お前は目が解りやすく動く、そんなんじゃ相手に何時何処を打ってくるかがバレバレじゃないか。もうちょっと器用に目の玉を動かせ。」
美緒はハムカツ屋のオヤジに負けた事にショックを受け、その場にへたりこんだ。
「もう寝ろ。明日、仕事が終わったら相手に勝つコツを教えてやる。」、男はそう言うと店を出て行った。
美緒は安住を得たことの喜びより、彼女の人生そのものの「格闘」に入った亀裂に放心した。
雨は安普請のメンチカツ屋の屋根を叩き続けている。