他人を受け入れるより、受け入れて欲しがっているひとのほうが増えているような気がする。
それは立場も世代も越えてる。
「お母さんに甘えるように」他人にも甘えたい。また、それが受け入れられると思っている。
その背景を考えてみた。
そういう人たちは、概ね絶対的な安心感が自分のなかに根付いていない。つまりは幼いころから、周りの大人に守られてこなかった人が多い。
しっかりと守られて育っているひとは、精神的にも安定していて、自己信頼感がある。要するに他人にすがりつかなくても生きていけるのだ。
大人に守られてこなかった人々は、他人のことよりも自分が守って欲しいから、他人を受け入れたり守ったりするという発想がない。いくつになっても、乞食のように庇護を求める。
親から得るような無条件の庇護を他人は与えてくれないから、代償としてセックスを提供したりする。
そんな人間が、やがて親になる。子どもを持ってはみたけれど、言うことを聞かないものだから受け入れられない。なぜこの子は受け入れてもらえるのに、わたしは受け入れてもらえないの。という発想になってくる。
そして自分も子どもを受け入れず、同じような乞食ができあがる。
大人になって、「自分は他人に受け入れてもらえなかった」ことを自覚しても、「しかたない」と思ってすがりつづけていたら一生乞食のまま。もう自分でなんとかするしかないのだ。子ども時代は終わったのだから。
世間にはそんなやつらが溢れている。隙をみては粘っこい触手でからみつき、自分の心を埋めてもらおうとするやつが。深く付き合ってみないとわからないかもしれない。助けてやる必要はない。そいつは越えなければならない壁を越えようとしない怠慢なだけだ。
今日もなにげない顔をして、あなたのそばへやってくる、ポーカーフェイスの化け物。