山本安次郎・田杉競・飯野春樹共訳、C・I・バーナード著『新訳・経営者の役割』という書籍を紹介する | 松陰のブログ

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山本安次郎・田杉競・飯野春樹共訳、C・I・バーナード著『新訳・経営者の役割』という書籍を紹介する。

協働体系とは、少なくとも一つの明確な目的のために二人以上の人々が協働することによって、特殊の体系的関係にある物的、生物的、個人的、社会的構成要素の複合体です。かかる体系は、ある観点からみると、明らかにより大きな体系の下位単位であるが、また他の観点からみるとそれ自体の中にはいくつかの補助体系(例えば、物的、生物的などの)が含まれています。協働体系の中の一つの体系であり、「二つ以上の人々の協働」という言葉のうちに含まれる体系を「組織」と呼びます。永続的な協働体系の数は非常に多いです。その目的の性格のいかんによって、例えば、教会、政党、友愛団体、政府、軍隊、企業、学校、家庭のような非常に多様な数個のグループに大まかに分類できます(67頁参照)。C・I・バーナード氏が『新訳・経営者の役割』という書籍で対象にしている協働体系や組織は以上のように企業のみを想定しているものではなく、一般のシステムを対象にして記載しています。グループに分類された組織の中でも、かなりの差異があります。協働体系を有効に研究するためは、この差異がある側面を他のものから引き離して、その性格を明らかにすることが必要になります。この一つの共通な側面を「組織」と呼びます。具体的な協働情況における多様性は、物的環境という側面に関する差異、社会的環境という側面に関する差異、個人に関する差異、その他の変数、という四つの事情から生じます(67頁参照)。公式組織を二人以上の人々の意識的に調整された活動や諸力の体系と定義します(76頁参照)。物体は常に環境や協働体系の一部ではあっても、決して組織の一部ではありません(79頁参照)。組織という体系は、人間活動で構成される一つの体系です。様々な人間の努力が組織で調整されるということです。協働体系における大抵の努力は非人格的なものです(80頁参照)。各組織は、協働体系より大きな体系の一構成要素であり、物的体系、社会的体系、生物的体系、および人間などは協働体系の他の構成要素です。たいていの公式組織は、より大きな組織体系の中に含まれる部分体系です。最も包括的な公式組織は、通常、「社会」と名づけられる非公式な、不確実な、漠然たる、方向の定まっていない体系の中に包含されています。組織と呼ぶ協働の体系を社会的創造物、すなわち「生き物」と看做すのです(81頁参照)。

組織は、相互に意思を伝達できる人々がおり、それらの人々は行為を貢献しようとする意欲をもって、共通目的の達成を目指す時に、成立します。組織の要素は、伝達(コミュニケーション)、貢献意欲、共通目的です。これらの要素は組織成立にあって必要にして十分な条件であり、全ての組織にみられるものです(85頁参照)。人々は、その関係がどの公式組織の部分でもなく、どの公式組織によっても支配されない時でも、しばしば他人と接触し、相互に作用し合っていることは一般に観察され、経験されることです。非公式組織とは、個人的な接触や相互作用の総合、およびすぐ前に述べたような人々の集団の連結を意味します。定義上、共通ないし共同の目的は除外されていますが、それにもかかわらず、重要な性格を持つ共通ないし共同の結果がそのような組織から生ずるのです。非公式組織とは不明確なものであり、むしろ決まった構造を持たず、はっきりとした下部単位をもたないということです(119頁参照)。

C・I・バーナード氏著の『新訳・経営者の役割』という書籍で重要な概念に「権威」と「無関心圏」というものがあります。権威とは、公式組織における伝達(命令)の性格であって、それによって、組織の貢献者ないし「構成員」が、伝達を、自己の貢献する行為を支配するものとして、すなわち、組織に関してその人がなすこと、あるいはなすべからざることを支配し、あるいは決定するものとして、受容ですものです。権威には二つの側面があります。第一は、主観的、人格的なものであり、伝達を権威あるものとして受容することです。第二は客観的側面、それによって伝達が受容される伝達そのものの性格です(170頁参照)。個人に対する権威を確立するためには、どうしてもその個人の同意が必要です。人は次の四条件が同時に満足された時にはじめて伝達を権威あるものとして受容できます。伝達を理解でき、また実際に理解すること、意思決定に当たり、伝達が組織目的と矛盾しないと信ずること、意思決定に当たり、伝達が自己の個人的利害全体と両立しうると信じること、その人は精神的にも肉体的にも伝達に従いうることです(173頁参照)。C・I・バーナード氏は、構成員を同意させる手段として、権力ではなく権威を用いています。権力という受容者の内面を無視して強力に支配する方法ではなく、権威という受容者の内面への同意を得ることに重きを置いたのです。原則的にも実際的にも権威の決定が下位の個人にあるならば、重要かつ永続的な協働の確保がいかにして可能なのでしょうか。それは個人の意思決定が次の条件の下で行なわれるから可能なのです。永続的な組織において慎重に発令される命令は、通常前述の四条件と一致しています。各々の個人には「無関心圏」が存在し、その圏内では、命令はその権威の有無を意識的に反問することなく受容します、集団として組織に貢献している人々の利害は、個人の主観あるいは態度に、この無関心圏の安定性をある程度まで維持するような影響を与えることになります(175頁参照)。無関心圏とは、もし合理的に考えて実行可能な行為命令を全て、受容者の受容可能順に並べるとすれば、第一には明らかに受け入れられないもの、すなわち、確実に服従されない命令がいくつかあり、次に、多かれ少なかれ中立線上にあるもの、すなわち、どうにか受け入れられるか、あるいは受け入れられないあの瀬戸際にある第二のグループがあり、最後に、問題なく受け入れうる第三のグループがあります。この最後のグループが「無関心圏」内にあります。受容者はこの圏内にある命令はこれを受け入れるのであって、権威の問題に関する限り、命令が何であるかについて比較的に無関心です。無関心圏は、組織に対する個人の執着を決定する誘因が、負担と犠牲をどの程度超過するかに応じて、広くもなり狭くもなります。したがって受け入れられる命令の範囲は、組織に貢献するよう、かろうじて誘引されている人々にとっては非常に局限されたものとなります(177頁参照)。C・I・バーナード氏は、構成員に同意させるために構成員の無関心圏を広げることが重要だと述べています。

 管理者から見て「正しい」、すなわち全体の道徳性と真に調和しなければならないのみならず、また受け入れられる、すなわち、部分たる各個人の道徳性とも真に調和しなくてはなりません(293頁参照)。全体としての創造職能がリーダーシップの本質です。創造職能は、これを立派に達成するには、リーダーの見地からみて個人準則と組織準則とが一致しているという「確信」の要因を必要とするからです(294頁参照)。組織の存続は、それを支配している道徳性の高さに比例します。すなわち、予見、長期目的、高遠な理想こそ協働が持続する基盤なのです(295頁参照)。組織道徳の創造こそ、個人的な関心あるいは動機をもつ離反力を克服する精神です。それは必要欠くべからざる社会的な本質的存在であって、共同目的に共通な意味を与え、他の諸誘因を効果的ならしめる誘因を創造し、変化する環境の中で、無数の意思決定の主観的側面に一貫性を与え、協働に必要な強い凝集力を生み出す個人的な確信を吹き込むものです。管理責任とは、主としてリーダーの外部から生ずる態度、理想、希望を反映しつつ、人々の意思を結合して、人々の直接目的やその時代を越える目的を果たせるよう自ら駆り立てるリーダーの能力です。協働する人々の間では、目に見えるものが、目に見えないものによって動かされます。無から、人々の目的を形成する精神が生ずるのです(296頁参照)。協働の拡大と個人の発展は相互依存的な現実であり、それらの間に適切な割合すなわちバランスが人類の福祉を向上する必要条件になるのです(309頁参照)。

C・I・バーナード氏著の『新訳・経営者の役割』という書籍の要約は298頁に纏められています。まだまだ、「有効性と能率の関係」などのC・I・バーナード氏の理論の核となる概念はたくさんありますので、一度、通読されることをお勧めします。