NHKの『サイエンスゼロ3』 | 松陰のブログ

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NHKの『サイエンスゼロ3』



伏見康治・伏見譲・松枝秀明共訳、I・プリゴジン・I・スタンジェール共著『混沌からの秩序』という書籍を紹介する。

I・プリゴジン氏は、1977年にノーベル化学賞を受賞した科学者です。I・プリゴジン氏の理論の核になるのが「散逸構造」という概念です。平衡から遠く離れた状態では新しいタイプの構造が自発的に生じることを知っています。平衡から遠く離れた条件下で、無秩序あるいは熱的混沌(カオス)から秩序への移転が起こることがあります。物質の新しい動的状態が出現することがあります。それはある与えられた系とその環境との相互作用を反映した状態です。この新しい状態を、散逸構造と呼びます。非線形性、不安定性、ゆらぎなどがキーワードになっています。平衡状態から、平衡を遠く離れた状態へと移行すると、繰り返しや普遍性から離れ、特異性と唯一性に至ります。事実、平衡に関する法則は普遍的です。平衡に近い物質は、繰り返し同じ振る舞いをします。これに対して、平衡から遠く離れた場合は、種々の散逸構造を発生させる可能性のある、多様な機構が出現します。例えば、平衡から遠く離れた場合、化学時計、すなわちコヒーレント(一貫性)で、リズミカルな挙動を示す化学反応が現れる場合が知られています。また、不均一な構造や非平衡な結晶を生ずるような自己組織化の過程も知られています(48頁参照)。

宇宙のある部分は機械のように動くようですが、それは閉じた系であり、閉じた系は物理世界のほんの小さな部分を占めるにしか過ぎません。私達にとって興味ある現象の大部分は開いた系です。そこでは、環境との間で、エネルギーや物質(さらに情報)の交換が行われています。生物学的な系や社会学的な系は、確かに開いています。したがって、これらの系を機械論的に理解しようという努力は失敗する運命にあります。あらゆる系は絶えず「ゆらいでいる」部分系を含んでいます。単一のゆらぎ、または、その組み合わさったものが、正のフィードバックの結果、非常に強くなって、既存の組織を紛糾してしまうことがあります。この革命的な瞬間(特異な瞬間あるいは分岐点)において、どの方向の変化が起きるかを予め決定することは、本来的に不可能です。系が分散して「混沌」に向かうのか、あるいは「散逸構造」と呼ばれる、より分化した、より高い、「秩序」のレベルないし組織化のレベルへ跳躍するのか、決められません。しかし、I・プリゴジン氏は、無秩序と混沌の中から、「自己組織化」の過程を通して、秩序と組織が自発的に生じてくることが可能だと主張しました(7頁参照)。

「ベナール不安定性」は自己組織化現象を起こす定常状態の不安定性の、衝撃的な一例です。長い間、乱流は無秩序と雑音と同一視されていました。しかし、巨視的スケールでは乱流は不規則あるいは混沌として見えますが、ミクロのスケールでは、逆で、高度に組織化されているのです。乱流には多重の空間スケールと時間スケールとが関与しており、これらが無数の分子のコヒーレントな挙動に対応しています。層流から乱流への移行は、自己組織化の過程です。層流の場合には分子の熱運動の形を取っていた系のエネルギーの一部分が、巨視的な組織化された運動に転化します。この不安定性は水平な液層の中にできた垂直方向の温度勾配によって起こります。この液層の底面が、上面よりも高いある温度まで加熱されます。この境界条件の結果、底面から上面へ向かう恒久的な熱流束が形作られます。設定された温度勾配が「ある閾値」に達した時、流体の静止状態(対流が起きず、熱が伝導によってのみ伝達される定常状態)は不安定になります。分子集団のコヒーレントな運動に対応する対流が始まり、熱伝達速度が増加します。したがって、与えられた条件(温度勾配)に対して、系のエントロピー生成が増大します。これはエントロピー生成最小の原理とは対照的な状況です。生み出された対流運動は系を複雑な空間的組織体にしてしまいます。無数の分子が、コヒーレントに動き、系に特有の大きさの六角形の対流細胞を形成します(202頁参照)。ベナール不安定性の場合、ボルツマンの秩序原理を適用すると消えることになるにもかかわらず、逆に、増幅されて系全体に広がるものは、ゆらぎ、すなわち微視的対流です。温度勾配が臨界値を超えると、新しい分子的秩序が自発的に作られます。これは外界とのエネルギー交換によって安定化された、巨大なゆらぎに対応しています(203頁参照)。系と外界との相互作用、つまり非平衡条件下に系を置くことこそ、物質が新しい動的状態、つまり散逸構造を形作る出発点になります(203頁参照)。

系に少量導入された新成分のために、系の成分間に新しい一連の反応が生じます。この新しい一連の反応は以前からの系の機能と競合を始めます。もしも系が、この侵入に関して、構造安定ならば、新機能は地につかず、改革者は生き延びえないでしょう。しかしもし、例えば、改革者の増殖速度が十分に速い場合、改革者は鎮圧される代わりに系が侵入し、構造にゆらぎが増大します。その時、系全体がこの新機能を採用することになり、系の活動は新しい文法に支配されることになります(256頁参照)。以上が散逸構造と自己組織化のイメージです。

I・プリゴジン氏・I・スタンジェール氏はこの『混沌からの秩序』という書籍の中で、先に述べた「ベナール不安定性」以外にもたくさんの散逸構造と自己組織化のケーススタディーを挙げています。進化は環境からのゆらぎによってももたらされます。羊肝臓ジストマは蟻を中間宿主としなければ、最終的に自己増殖の場である羊に侵入できない寄生虫です。感染した蟻を羊が飲み込む機会は極めて少ないですが、ここで蟻は驚くべき行動、すなわち、羊との出会いを最大にしようとする行動を取ります。ジストマは真にその宿主の「体を奪って」しまうのです。ジストマは蟻の脳に穴を掘り、この犠牲者に自殺的行動を取らせようとします。取り付かれた蟻は地面の上に留まらず、草の葉の先まで登り、そこでじっと羊の来るのを待つのです。これはまさに寄生の問題に対する信じがたいほど賢い答えです。寄生虫であるジストマが寄宿である蟻を自殺させてまで、自己の増殖と生存を図るのです。環境(問題)がジストマに戦略的な知恵を創造させた、つまり進化させたのです(262頁参照)。

 全体は個と個との相互作用の中で形成されていきます。鞘翅(しょうし)類の幼虫を、2ミリメートルの隙間を持つ二枚の水平なガラス板の間にランダムにばら撒きます。ガラス板の周囲は開放されており、面積は400平方センチメートルです。このような状態から鞘翅類の幼虫は自己集合(自己組織化)します。集合過程は二つの因子の間の競合の結果として現れます。一つの因子は幼虫の乱雑な運動であり、もう一つは化学生産物に対する幼虫の反応です。フェロモンと呼ばれるこの化学物質は幼虫が餌を漁る木に含まれているテルペン類から、幼虫自身が合成し、各幼虫はその栄養状態に依存する速度でそれを周囲に放出します。フェロモンは空間を拡散し、幼虫はその濃度勾配をさかのぼります。このような反応は自己触媒機能を持っています。なぜならば、幼虫が集合すればその集合地点の誘引性を増大させるからです。その地点での幼虫の数密度が高くなればなるほど、濃度勾配はきつくなり、この密集点へ向かう傾向を強めることになります。これが個と個の相互作用から派生する共鳴現象や引き込み現象の一例です(251頁参照)。

 これらの現実の世界での事例が、自己組織化、散逸構造、ゆらぎなどのイメージを鮮明にしてくれるものと思います。I・プリゴジン氏・I・スタンジェール氏共著の『混沌からの秩序』は、化学的な視点から組織の進化を説いた素晴らしい書籍です。