NHKの『オイコノミア』
物価は消費性向と密接な関係があり、消費を支えているのは家計です。家計の可処分所得を増やさない限り、物価の上昇も好景気にもならないと考えています。私の大好きなイギリスの経済学者のケインズ先生は、貨幣賃金切り下げの影響が社会全体の消費性向、資本の限界効率表、利子率の三つの要因にどのような影響を及ぼすかを述べ、物価との関係も示しています。
①貨幣賃金の切り下げは物価に何ほどかの影響を及ぼすでしょう。それ故、それは、ある程度は実質所得の再配分を、すなわち(イ)賃金稼得者から限界主要費用を構成しながら他の要素への、そして、(ロ)企業者から貨幣表示の定額所得が保証された金利生活者への、実質所得の再配分を伴います。この再配分が社会全体の消費性向に与える影響はどのようなものなのでしょうか。賃金稼得者から他の要素への所得移転は多分消費性向を引き下げるでしょう。様々な事柄を比較考量した末の最終的な結果は憶測の域を出るものではありませんが、敢えて推測するならば、貨幣賃金の切り下げは消費性向にとって不利に働く公算が高いものです。
②貨幣賃金の切り下げが将来ますます賃金が切り下げられるという期待を生み、その可能性が極めて高いという場合には、資本の限界効率を引き下げ、投資と消費の双方を先延ばしにします。③賃金と物価が今後再び上昇すると期待される場合には、有利な影響の度合いは短期貸付よりも長期貸付の場合の方がはるかに小さいです。その上、賃金切り下げが人々の間に不満を引き起こして政治的確信を損なうようなことにでもなれば、このことによる流動性選好の増大は所得・営業目的の現金需要の減少によって現実の流通から解放された現金をもってしても到底埋め合わせができない事態になるでしょう。④貨幣賃金の切り下げにより負債がますます重くのしかかることの企業者に対する抑圧効果は、賃金切り下げによる刺激効果をある程度減殺するかも知れません。それどころか、賃金と物価の下落が行き過ぎると、重い負債を抱えた企業者は返済に喘ぎ、ほどなくして債務不履行にまで行くこともあり得ます。これは投資に対して重大な負の効果をもたらします。しかも物価水準の下落が国債の実質的負担に、それゆえ課税に対して及ぼす影響は、事業の確信にとって極めて有害となる可能性が高いものです。⑤全ての産業において貨幣賃金を同時かつ同額切り下げる手段が一般には存在いない以上、全労働者がそれぞれの持場で切れ下げに抵抗するのは利益にかなっています。事実、貨幣賃金交渉を下方に改定しようとの雇用者の動きに対する抵抗は、物価の上昇の結果、実質賃金がなし崩しに、自動的に切り下げられる際に遭遇する抵抗とは比べものにならないほど頑強なものです(『雇用、利子および貨幣の一般理論(下巻)』ケインズ著 12頁参照)。
ケインズは以上の要素を挙げ、物価下落、賃金の切り下げが経済に悪影響を与えることを示唆しています。物価が下落すれば、薄利多売でなくては利益が出なくなります。各企業、各店が薄利多売になれば、多売しなくてはならないほどの需要が必要になります。有効需要が各企業・各店の多売総計、つまり産業の多売総計に合致しなければ一部の企業、店のみしか生き残れなくなり、そのパイの取り合いの際に生じる過当競争による利益の圧迫により産業自体が成り立たなくなってしまうという囚人のジレンマが陥ります。1960年代、ボストン・コンサルティング・グループは経験が蓄積されるにつれて、コストが落ちるという経験効果をエクスペリエンス・カーブ(経験曲線)として明確化しました(『企業進化論』野中郁次郎著 40頁参照)。原価はある一定の量の生産が行われれば習熟効果により低下します。需要に見合った妥当な販売量によって、コストダウンが図られ、そのコストと売価の差額で企業が利益を得られる状態が健全な経済状態だと思います。緩やかな物価の上昇と賃金の上昇、そして有効需要に見合った均衡点に誘導していくことが政策の役割のように思えます。