茨城のマイナーな観光スポット(16) | 柵飯事2~shigaramimamagoto ~

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 このシリーズ、もう終わりにしようと思ったのですが、重要文化財の東京、千葉の重要文化財の探訪をしているうちに、行ける範囲で、かつ、ゆっくりと茨城県で訪れていない建造物を見ていこうかなと思った次第です。
 茨城県は5つにブロック分けされていまして、今回は、東京へのアクセスがよく、最も人口の多い県南ブロックの一部の国指定重要文化財を見ていきます。
 

 龍ケ崎市にある天台宗の古刹、来迎院の多宝塔です。多宝塔とは仏塔のうち二重棟を言い、中世の多宝塔は関東では3か所が残存しています。東南アジアと違って、日本の木造の仏塔は独特の形をしていますが、二層目が円筒状で、一層との間に白い漆喰で饅頭の様に型取られた亀腹と言われる部分があるのが、三重塔や五重塔にない東南アジアのものの名残の様に見えます。
 屋根の反りや二層目の詰組などに禅宗様(唐様)が伺えますが、すっきりとした和様との折衷様式ですね。
 千葉県南総市の石堂寺と同じ頃、1556年より前に建立されたとのことで、スリムな姿はそっくりです。
 

 龍ケ崎市の西隣の取手市にある龍禅寺の三仏堂です。平将門が開山したとの伝説がある天台宗の古刹です。1569年以前の建立で、関東で残存する室町時代の建造物によくある禅宗様・和様折衷の様式です。
 柱の上にだけ詰木が乗っている面(和様)と柱の間にも梁を支える詰木がある面(禅宗様)があったり、木鼻(角の梁が飛び出した部分)に雲の様なモコモコとした装飾をしたり、壁が立板だったり(禅宗様)、縁側があったり(和様)とあるあるなんですが、変わったところもありました。
 両側面と背面に裳階(もこし)と言われる構造、つまり、母屋の周り、本来縁側がある部分に出っ張って屋根と壁があるのです。後から増築した様な見た目ですが、元々こういう作りだとか。意匠上の狙いなのか、空間を広くするためなのか、案内板では分かりませんでしたが、珍しいのは理解できました。
 
 そこから、北東の牛久市にある牛久シャトーです。

 電気ブランの神谷バーで知られる神谷傳兵衛が1903年に創業したワイナリー、牛久醸造場にあった建造物3棟が重文指定を受けています(ちなみに神谷の別荘はこちらで紹介済みです。)。
 入口正面で待っているのが煉瓦造の旧事務室です。事務室というより迎賓館でしょうか。

 アーチ状の中庭に続く通路は漆喰が塗られ、トンボor 蜂と葡萄と思われる装飾が施されています。

 旧貯蔵庫は現在、レストランとなっています。数年前に神谷シャトーの経営会社が経営不振で一時期レストランを閉鎖していましたが、牛久市も財政支援して今はコース料理のみで営業再開しています。コロナ明けで客足が戻るといいですね。

 旧発酵室は、現在は神谷傳兵衛記念館として活用されています。
 

 牛久といえば牛久大仏。もちろん重要文化財ではないです。
 
 県南ブロックには、石岡市に1、土浦市に1、つくばみらい市に1、稲敷市に2の重文があるのですが(うち2つは写真撮り忘れ)、全部探訪するのは難しいかな。
 テーマを絞るなどもあるかもしれませんが、いずれにしても気長に考えます。