バクー到着
25時間にも及ぶカスピ海クルーズの末(いや、クルーズというほどラグジュアリーなものではない)、無事アゼルバイジャンのバクーに到着しました。
フェリーターミナルから宿に来るまでも大変で、もうくったくたです。
なので写真等はまた後ほど。
とりあえずランチとビール!!
ウズベキスタンまとめ
1. 滞在日
2011年7月17日~7月27日(11日間)
2. 訪問都市
タシケント・サマルカンド・ブハラ・ヒヴァ・コングラッド
3. 会計報告
(1)総計 18,000円($215)
(2)内訳
・生活費 16,700円(1日あたり約1,500円)
・ビザ 1,300円($15)
(3)累計 422,000円(166日)
4. 消費量
26本(大瓶換算) 457
5. 評価
(1)Sambi
・景 ★★★★★
・食 ★★★☆☆
・人 ★★★☆☆
(2)その他
・難易度 ★★★☆☆ (宿泊/交通など旅行のしにくさ。
星が少ない=旅行しやすい)
・再訪度 ★★☆☆☆ (また行きたいか)
6. 世界遺産
・サマルカンド文化交差路
・ブハラ歴史地区
・イチャン カラ
7. 総評
・キルギス オッシュから東端の国境を越え、メインどころを廻って西に
抜けるウズベキスタン横断ルート。
・キルギスが「自然」だったのに対し、ウズベキスタンは「歴史」。青空に
映えるあおのモスク、時の為政者を祀った霊廟、天高くそびえる
ミナレット、イロトリドリの装飾の数々、どれも数百年前に作られた
ものとは思えないほど美しく、常に感激しっぱなしの11日間だった。
・食事はキルギスと同じような内容。サマルカンドの名物、焼きたての
サマルカンドナンはこれまで食べたナンの中でもピカいち。季節柄
なのかフルーツも各種出揃っており、定番のスイカに種無しぶどう、
アプリコット(たぶん)やりんご、そして何と言ってもメロンがたまらなく
うまかった。
・いい人たちにもたくさん出会ったけど、少々うっとおしい(しつこい)
人も少なくない。特にお金に関しては非情にがめつく、外国人と
あれば平気でふっかけようとする。これもキルギスと比べてしまう
からだと思うのだが、ウズベク人たちには少々疲れた。
・サマルカンド、ブハラ、ヒヴァの観光地には$10程度で朝食付の
いわゆるB&Bが複数あり困らない。問題はタシケント。バック
パッカー用の本当に安い宿は(おれの知る限り)なし。ガイド
ブックにも載ってるソ連時代の安宿ハドラも悪くなかったし、駅
中のホテルはとてもきれいで快適だった。
・タシケント~サマルカンド、サマルカンド~ブハラ間は電車で移動。
多少の遅れはあるものの、値段も$10以下と安くとても快適。
キルギス国境~タシケント、ブハラ~ヒヴァ間は乗り合いタクシー。
満員になるまで出発しないので待ち時間が長いし、値段も要
交渉。ふっかけてくるので、ぼったくられないように。
・見所がこれだけある国をたったの11日間で駆け抜けたわけで
少々急いだ感じはあるが、この日程でも主要どころは充分
押さえられる。
付け焼き刃ながら、世界史で勉強したシルクロードの歴史と
文化を存分に堪能することが出来た。
アクタウ港にて
169日目。
朝の10時半に港に着いて待合室に入ったっきり1歩も敷地外へ出ずに出航を待ってるのですが、一向にその気配はなく、あと1分で日が変わろうとしています。
特に何をしたわけでもありませんが、1本書けそうなので、書き溜めて置くことにします。
昨日ここに来た時には「11時においで」と言われたので、昼過ぎの出航を期待していたのですが、昼前にチケットを買った時には「13時か14時か15時か・・・わかんないけどね」と言われ、ひたすら待つこと数時間。
その間どんな風に過ごしていたかと言えば、ウズベキスタンとカザフスタンのまとめシリーズやアクタウ情報を書いたり、本を読んだりテレビを見たり、待合室のイスに横になってちょっとうとうとしてみたり。
待合室の角にテレビがあり、昼のうちは映画を2本、夕方はニュースと音楽番組、夜はボクシングの試合を放送していました。
本は石田ゆうすけさんの「行かずに死ねるか!」という作品を読みました。
この本は7年4ヶ月をかけて自転車で世界一周をした人の旅行記。旅先での人々との出会い、心暖まるエピソードなどから、強盗に襲われ拳銃を突きつけられた話まで、時に面白おかしく、また時にはその情景が思い描けるほど見事な描写がなされており、疑似体験をしている想いでいっきに読み終えてしまいました。
(ちなみに本は他の旅行者からいただいたものです)
さて、最初はひとりだった待合室ですが、時間がたつに連れ、ぽつりぽつりと人が増えて来ました。
1人目は痩身で背の高いおじちゃん。
部屋に入ってきてすぐ、まだ言葉も交わしてないのに、
「ちょっと荷物見ててね」
と言って、外へ出て行ってしまいました。
まだおれが信用出来るかどうかの判断材料もなかろうに、それでも信じてくれたのがなんだか嬉しかったです。
彼はそれほど口数の多い方ではなく、それほど言葉を交わすことはありませんでしたが、とても優しい目をした人で、彼の人柄と幸福感が伝わってくるようでした。
夕方になろうかというところでスーツケースとスーパーのビニール袋、1本4Lくらいありそうなペットボトルの水を4本持って、3人の男性がやって来ました。
中央アジアのムスリムは他の国とは教義(戒律)が異なるようで、お酒も飲むし、お祈りにも行かなかったりするし、中東やパキスタン等で見られるようなムスリム服を着た人はほとんど皆無ですが、この3人はムスリム服にムスリム帽をかぶり、長いあごひげを生やして、ちゃんと時間になれば礼拝にも行く、まさにイメージ通りのムスリム。
これからアゼルバイジャンを通り、イランに行くのだそうです。
この3人もとてもいい顔で笑い、穏やかに話す人たちで、彼らと見合っているとこっちまで落ち着いた気分になりました。
待ちも長時間に及び、空も暗くなり始めた頃、係員に
「どこか近くにカフェ・レストランはありませんか」
と聞くと
「どっちもない」
とのことでしたが、その遣り取りを聞いた彼らが
「ショー、これを食べなさい」
と、彼らの大切な食料であるはずの食パンとキューリ、トマトを分け与えてくれました。
更にスタッフのひとりが、
「これもどうぞ」
と1杯のチャイを持って来てくれました。
それは傍から見たら、普通の食パンにリプトンのティーパック紅茶かもしれませんが、人の優しさ、愛情が入ったものは何物にもかえ難いほどおいしい。
豪華絢爛なレストランの料理よりも、母の手料理、父のインスタントラーメン、友人が作ってくれたごはんの方がうまいのは、そこに愛があるからなのでしょう。
ありがたく、本当にありがたく、いただきました。
20時になろうかというところで、乗客たち(と言ってもおれを含め8人)にカスタムコントロールに入るように言われました。
X線検査器のある部屋に片隅に荷物用の大きな秤が置いてあり、ひさびさに体重を量ってみると
増えてもないし、減ってもない。調子はいいようです。
ついでに荷物の重さも確認してみると・・・
長旅に備え水を3L(3kg)持って来ているとは言え、それを除いても18kg超。
しかもこの他にパソコンやカメラ類などを入れたリュックがあります。それを入れれば総重量は20kgオーバー。
出発時の11kgから何がそんなに増えたのか全く見当もつきませんが、徐々に重くなってきたせいか重量増を感じることはありませんでした。
炎天下の中でもこれを背負って30分も歩いていられるってことは、少しは鍛えられたのかもしれません。
さて、荷物チェックも終わり、いよいよ乗船か!と思っていると、さっきチケットを売ってくれたおばちゃんに呼び止められました。
曰く、
「あんたの船はこれじゃない」
との由。
他7人の乗客に行き先を確認すると、みなさんアゼルバイジャンのバクー行きとのことでしたが、係員の人たちが説明するに、7人が乗る船とはまた別にもう1隻船があるよう。
10日に1本あるかないかと言われている船が同日に2本出るなんていささか信じられませんが、
「お前は待合室に戻って待て」
とのこと。
優しい目をしたおじちゃんとムスリムの3人を見送り、また待合室でひとりぼっち。
夜になると蚊が増えてきて、おれの生き血にありつこうを辺りを旋回しています。
東南アジアを抜ける頃は蚊を捕まえる腕も上がり、左フックでほぼ100発100中退治出来るようになっていましたが、しばらくご無沙汰していたためか勘も鈍り、全然やっつけられません。
0時前に書き出したのに、もう1時になろうとしています。
これでかれこれ14時間半ほど待っていることになりますが、不思議と長くは感じませんでした。
最新情報によると出航は3時頃ではないかとのこと。
何度かこの手の朗報に踊らされてきたので、あまり当てにせず、気長に待つことにします。
と、ここでまた最新情報アップデート。
昼の12時だろうとのことです。本当にうわさ通り。
待合室の外に出てみると、こんな時間にも関わらずまだクレーンやトラックが稼動しており、人々の声が聞こえました。今も積荷が行われているのでしょう。
クーラーガンガンでとても寒い待合室。
ひさびさに正装のジャージと長ズボンを着穿きし、防寒対策はしていますが、更に寝袋も引っ張り出して少し休むことにします。
50度の灼熱地獄で汗をだらだら流す夜もあれば、凍えながら寝袋に包まる夜もあります。
==================================
そしていまは、昨日の朝まで泊まっていたホテルでこれを書いています。
今朝起きると
「今日は船ない」
と言われました。
もうそのくらいじゃ驚きません。
「明日何時?」
と聞くと
「18時か19時か20時頃かなー」
とのこと。
「今日も待合室で寝ていいよ」
と言ってくれましたが、2晩もこんなところで寝たら風邪をひいてしまいます。
今日丸1日時間があるので、ゆっくり休みつつ、午後からは美容院にでも行こうかと思っています。
明日は船が出るのでしょうか。
すぐに出ないのであれば飛行機に乗るつもりでしたが、もうチケットも買ってしまったし、ここまで来たら船で渡りたい。
1にも2にも忍耐です。
アクタウ情報(安宿など)
今日は7月30日、アゼルバイジャンのバクー行きボートターミナルで、船を待ちながらこれを書いています。
タイムテーブルがなく、誰も出港の時間が分からないとは前にも書いたけど、ここへ来てもまだ分からないらしい。とにかく忍耐。待つのみです。
その間にアクタウ情報を少々。
ここはカスピ海に面した港街で、アゼルバイジャンへの船・飛行機が出ていて、なおかつアゼル領事館もあり、ビザが取れるので、中央アジアを陸路+海路で抜けようとする人たちの中には、ここアクタウを目指すという人も少なからずいました。
しかし旅行者にとって結構重要な街であるにも関わらず、本当に情報が乏しい。
地球の歩き方には載ってないし、ロンプラにもちょろっと書いてあるだけ。しかもロンプラに載ってるホテルは4~5年前の価格で1泊$30~と超高額。船を1週間も10日も待つかもしれないバックパッカーにはこんなところ泊まれません。
とゆーことで、次来る方のためになればと、アクタウ関連情報を少し残してみます。
【アクタウ 中心部】
アクタウの中心はMikrorayonというエリアで、通称(旧称?)Leninaという名前の大通りをはさんで両脇にMikrorayon1から、おそらくMikrorayon20いくつまであり、その中でもMikrorayon2,4,5,6,7,8に挟まれたあたりが賑やかなエリアになっています。
ロンプラの地図を参考に、地図を手書きしてみました。
【駅からアクタウ中心部への行き方】
わたしは人に尋ねもせず、適当にバスに乗って失敗しました。
(駅から105番に乗り、終点で下車。そこで2番に乗り換え、中心街に辿り着きました)
地図を参考に、Mikrorayonのどこに行きたいか決め、バスに乗る前に聞くと良いでしょう。
【アクタウ 安宿】
Mikrorayon3にKeremetという安宿があります。
(後述の旅行代理店Taguで教えてもらいました)。
シャワートイレ共同のドミで1泊1,500テンゲ(850円くらい)、シングルで2,000テンゲ(1,100円くらい)です。
部屋には羽アリのような小さな虫がたくさんいるので、フロントでハエ叩きを借り、まず駆除しましょう。2泊しましたが、50匹以上はやっつけました。虫だけ退治すれば、部屋にはクーラーもあり、とても快適に過ごせます。
住所は以下の通り。
Building 20, Mikrorayon 3
Mikrorayon3の周辺を2番3番4番のバスが走っています。どれかのバスに乗ったらMikrorayon3で教えてくれるようにお願いし、バスを降りたら「Keremet」と道行く人に聞けば誰か教えてくれるはずです。
地図で言うと南側、大通りとその東側を南北に走る通りの真ん中あたりにあります。
【アゼルバイジャン領事館】
Mikrorayon3からは北行き2番のバスで行けます。
2番のバスはShip Monument(Mikrorayon4の南東側角の広場にある船の像)のある交差点を左に曲がり、海沿いを進みます。Leninaの中心街は通らないので注意。
終点で下車。料金は25テンゲ。
バスはここでUターンしますが、戻る方向ではなくバスの進行方向(北側)に進むと、すぐ左側にカフェ(クリーム色2階建て、壁に錨のマークあり)が見えます。カフェを通り過ぎ、1本目の路地を右折(33番のマンションが見えます)。ちょっとした丘のようになっており、坂をのぼり始めるとすぐにアゼルバイジャンの国旗が見えると思います。
【旅行代理店 Tagu】
Mikrorayon7の北東角にWWII Monument(第2次大戦記念碑)があり、そこから大通りを南に歩いて間もなく右側にフルーツ屋があります。そのとなりがTagu。ここでアクタウ~バクー間の船/飛行機のチケットが買えます。
2011年7月時点で船は17,100テンゲ、飛行機は26,150テンゲとのこと。
先述の通り、船は不定期のため、出港するらしいという情報を入手し次第ホテルに電話をくれるそうです。
(右がフルーツ屋)
ちなみにここでKeremetを紹介してもらいました。
【バクー行き ボートターミナル】
メイン通りLeninaの東を走る通りから4番のバスに乗って行けます。
運ちゃんに「ポルト(Port)」と言えばそこで教えてくれるはず。ターミナルの目の前に着くので、建物を見れば分かると思います(Aktau Sea Commercial Portと英語で書いてある)。
料金は35テンゲ。
但し、このバスは数が少ない(30分以上待ったこともあるので、30分~1時間に1本程度を覚悟してください)ので要注意です。
ターミナルに入り、線路と駐車場を越えるとすぐ右側に柱がピンク色の建物があります。
その中の「Ferry Department(フェリー部)」が担当部署。
次の出港予定が分かれば教えてくれるはずです。おれはパスポートのチェックも受けました。ひとり英語を話せる方がいました。
値段はTaguの金額よりも安く、$100分のテンゲ(今日時点で14,616テンゲ)でした。
このピンクの建物の中に待合室やパスポートコントロールがあり、いまはクーラーガンガンで寒いくらいです。
無線LANも飛んでいるようですが、インターネットアクセスなし。電源は取れます。お湯もお願いすればもらえる。但し、食堂や売店はなし。食料を多めに持参しましょう。
【インターネット】
街中で「Wi-fi zone」の看板を掲げたカフェを何軒か見かけました。
Mikrorayon2の大通り沿い東側にWi-fi可能なレストランがあり、Wi-fiのみだと1時間200テンゲ。
大通りに面した窓ガラスに大きく「Wi-fi」と書かれています。
【滞在登録】
Mikrorayon3のちょうど真ん中あたりにMigration Policeがあり、ここで手続きをしてくれます。
所要10分程度で無料。
以上、お役に立てば幸いです。
よいたびを!
【検索ワード】
アクタウ 安宿 ゲストハウス ホテル 情報 アゼルバイジャン ビザ
Aktau cheap hotel guest house
Azerbaijan Visa Tagu Aktau
幸運続く
168日目。
昨日、アゼルバイジャンのビザを受領し、ブログを書いた後、再度旅行代理店に行って来ました。
「船に関してアップデートはありますか?」
と聞くも、
「ない」
とのこと。まぁ、昨日の今日だもんね。
そこでフェリーターミナルへの行き方を聞き、一応行ってみた。こういうことは自分の足で確かめるべしなのはこれまでの教訓。
もしかしたら、ってことがある、かも?
市中心部から4番のバスに乗り(バスや宿などのアクタウ情報は別途まとめて載せるつもりです)、船着場へ。
そこでいくつかの事務所をたらいまわしにされ、「フェリー部」みたいなところに辿り着く。
ドアを開け、おっちゃんに
「バクー行きの船に乗りたいんです!」
と言うと
「なんで(Why)?」
との返し。なんでって・・・。言葉に詰まりました。
「次の船はいつ頃になりそうでしょうか」
と尋ねると、
「たぶん、明日くらいじゃないかなー」
おおお、明日っっ!!!
すげー。
おととい着いて、翌日ビザをゲットして、その次の日に船がある??
出来すぎ。信じがたい。が、
「出港は何時か分かんないけど、とりあえず明日の11時に$100分のテンゲを持ってここにおいで」
とのこと。
とりあえずターミナルに行ってみます。うまくいけば今日か明日には船に乗れるかな。次はアゼルバイジャンから投稿出来るかな。
ちょっと全てがうまく行き過ぎて、転覆でもするんじゃないかと心配ですが・・・
無事乗れますように、着きますように。













