死海
226日目。
ついに憧れの死海に・・・
来たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
これが死海。
英語では「Dead Sea」。
死海と言えば・・・
これでしょう。
ここは海よりも低く、海抜マイナス400m超。
ヨルダン川から流れ込む水の出口がなく、ここに溜まって太陽に照らされ水が蒸発。結果、塩分濃度がどんどん高くなって、その濃度、通常の海水の3%に対し、なんと30%!!!
そんなところに生物が生息出来るわけもなく、生き物がいないことから「死の海」→死海。
濃い塩水に漬けたら卵が浮くように、人間も沈むことが出来ないというわけです。
とゆーことで、そんな沈むことの出来ない死海で写真を撮ると言えば、新聞を使うのが定番なのだそうですが・・・
おれはやっぱりこれでしょう。
がはははは。
死海で飲むビールは格別ですv
有料のビーチに行ったので、併設のプールで生水がいかに沈まないか体験した後、
待ちに待ったサンセットタイム。
今日もまた日本人と韓国人の混合パーティーでした。
こちらは日本人のとおるさん。
かっこいい。ので、絵になる。
日没後。
ここでしか出来ない奇跡のプカプカ体験。
本当に楽しいので、機会があればぜひお試しあれvv
世界遺産#28 ビブロス(レバノン)
レバノン最後の世界遺産はビブロス。
ここはwikiの説明が分かりやすかったので、引用させていただきます。
===QTE===
ビブロスは、フェニキア人の発祥の地として有名。アルファベットの元になったフェニキア文字もこの地で生まれた。このことからアルファベット発祥の地と言われることもある。
紀元前3000年頃から、フェニキア人が居住し始めたと言われている。
フェニキア人は、ビブロスの東、レバノン山脈に自生するレバノン杉を伐採。この木材から船を作り、杉から取れる油をエジプトへ輸出、地中海貿易の主役へと躍り出た。
後に、ローマ帝国の支配下に入る。12世紀には、十字軍を迎え撃つべく要塞化される。その後は、ベイルートなどに交易の拠点の地位を奪われ、衰退の道をたどった。
「ビブロス」という呼称は、ギリシャ語でパピルスを意味する語に由来するといわれる。
これは、ビブロスが長い間エジプトの支配下にあり、当地の港からエジプトへレバノン杉材が輸出され、その代価としてパピルスなどが輸入され、さらにそのパピルスがこの都市を経由してギリシャなどに運ばれていたので、ギリシャでは紙は原産地のエジプトではなく、積出港のビブロスとして知られた。
やがてパピルスを意味するビブロスから「ビブリオン」(本)という言葉ができ、さらに「ビブル」(聖書)が生まれたという。
===UNQTE===
今回はちょっと手抜きでしたね。
「省エネブログ」
うん、いいかもしれない。
レバノン → シリア → ヨルダンへ
224日目。
昨日、朝9時にレバノンのベイルートを出発。
Hyundai製の乗り合いワゴンで向かう先はヨルダン⇔シリア国境。
「え、シリア?この前そんなおっかないところには近寄らないって言ってたじゃん!」
全く以ってその通りなのですが、いざお隣のレバノンに来てみると普通に
「次はシリアだよ」
と言う旅行者がたくさんおり、2国間を行き来するくるま(含むタクシー・乗り合いワゴン)もびゅんびゅん走っていて、問題ないみたいなのでした。
但し、それでもやっぱり外務省からは退避勧告が出てるし、自分に甘くすると
「ダマスカスの市内だけ・・・」
とか
「いや、1泊くらい・・・」
とか
「いやいや、それならパルミラも・・・」
と際限なくなりそうなので、移動のみと心に決めて、ベイルートを発ったのでした。
ベイルートから見覚えのある道を走り、シュトゥーラ・アンジャールを通り過ぎて1時間半くらいたった頃、レバノン側の国境に到着。
出国手続きはとてもスムースでした。
緩衝地帯を走り、シリアの入国手続き。
3日間有効(48時間では?)というトランジットビザに$8を支払い、
「職業は?」
「どこに滞在するのか?」
「次はどこに行くのか?」
等、簡単な質問をされただけで無事スタンプゲット。無事シリア入国を果たしました。
それから首都のダマスカスまで更に1時間ちょっとのドライブかと思いきや、20分も走らないうちに運ちゃんから降りるように言われます。
降ろされたのは幹線道路のど真ん中。
「ここで待ってればアンマン(ヨルダンの首都)行きが、反対車線にいればダマスカス(シリアの首都)行きが来るから」
と言い、10シリアンポンド(20円くらい)を渡して走り去っていきました。
「ダマスカスまで行くんじゃなかったんかい!!」
と思いつつ、車道で待つ。
すると、幸運なことにパン屋のおにいちゃんがどこからともなくフラっと現れ、
「アンマンに行きたいんだけど」
と言うと、
「セルビスに乗って隣のバスターミナルまで行けばそこからアンマン行きが出てるよ」
と教えてくれ、一緒にターミナルまで連れて行ってくれた上に、料金も支払ってくれました。
こちらがそのターミナル。
どこの街なのかも分かりません。
乗り合いタクシーの運ちゃんを見つけ、交渉がまとまるとすぐ、またまたラッキーなことに他の乗客3人が現れたので、一路アンマンに向けて出発。
のはずが、道路上の「Jordan(ヨルダン)」の矢印から逸れてしまいます。
途中大きなモスクが見えました。
ちょっとスラムっぽい路地に入り、
家の前でストップ。
正直、タイミング良く乗ってきた3人と運ちゃんがグルで、どっかに拉致られるんじゃないか、なんて思いました。
が、ここは運ちゃんの実家で、パスポートを取りに来たのだそう。
せっかくなので、写真撮影。
こどもたち。
かわいい。
今回のドンパチのせいなのかは不明ながら、くるまから見るシリアの街はひどく荒廃して見え、なんだかどんよりとした雰囲気を感じましたが、人々は普段通りの生活を営んでいるんですね。
結局パスポートはなかったそうで、運ちゃん交代・・・。
拉致されることもなく、ヨルダンに向けて走り出す。
今回のくるまもHyundai製。49万キロも走ったソナタでした。
途中、ドライブインみたいなところで停まり、お土産買出しタイム。
ちょっと走ってシリア⇔ヨルダンの国境に到着。
シリアのイミグレ事務所。
出国税を少しまけてもらい笑、無事スタンプゲット。
またくるまに乗り、ヨルダンへ。
ここが国境。
ヨルダン側イミグレ。
ここも審査自体は簡単であっと言う間でしたが、荷物チェックはとても入念でした。
くるまの車内とトランクを隅々まで確認するだけでなく、エンジンルームの中やタイヤの奥、トリムを取り外してその中まで確認していました(何を探していたのかな)。
ということで無事にシリア経由ヨルダン入り。
国境から1時間ほど走り、
首都のアンマンに到着です。
ちなみに陸路で越えられたおかげで、かなりのお金を節約することが出来ました。
空路の場合・・・
約12,000円
に対し、
陸路では・・・
・レバノン→シリア $10
・シリアビザ $8
・シリア出国税 $10
・シリア→ヨルダン $13
計$41≒3,200円。
その差約9千円・・・!素晴らしい。
世界遺産#27 カディーシャ渓谷とレバノン杉(レバノン)
レバノンの国旗ってどんなものかご存知ですか?
ヒント。
色は赤・白・緑。
と言ってもたぶん、レバノンに来たことがある人か、よっぽどの国旗マニアでないと見たこともないと思います。
おれもトルコでガイドブックを見るまで知りませんでした。
ということで、レバノンの国旗↓↓
中央に描かれた木、これはレバノン杉というレバノンが誇る良質の樹木。
その昔フェニキア人たちはこの木で船を作り、海へと旅立っていったんだそう。
がしかし、これまでの乱伐がたたり、今では1,200本程度が残るのみとのこと。そんな大切な木が描かれたのがレバノンの国旗なのです。
さて、前段はこのくらいに、「レバノンに行ったら山が見たい」の言葉通り、山へ行ってきました。
最初は海沿いを、続いて急な崖を走ること2時間ちょっと、
ブシャーレという街に到着。このあたりはカディーシャ渓谷と呼ばれ、レバノンで最も美しい場所とされています。
その中でも大きな街のひとつブシャーレから、1,200本しか残っていないレバノン杉のうち1/3が群生しているというレバノン杉保護区に行って来ました。
雄大な山々を眺めながら舗装された道路を進み、
歩くこと約2時間。群生地に到着。
ここはこのような遊歩道になっており、レバノン杉の森を歩いて回ることが出来ます。
これが見た中で1番好きな木。堂々としていてかっこいい。まさに国旗の木みたいだ。
ここに生えている中で2番目に大きいレバノン杉がこちら。
行きは新道を登り、帰りは旧道を通って下山。
遠くの山々を眺めることはしばしばあれど、こんなに近くで巨木を見たのはひさしぶり。なんとも清々しい気分になりました。





















































