また1つ歳を頂き、僕ももう「アラフィフ」となったと思うと、人生を照らし合わせて「すいません」という気持ちになる。

本質はこれと言って昔から変わっていない。

モノを知った故に柔軟さがなくなり、偏屈になったくらいだろうか。

世間は春だ。

実家の地区で世話している桜とチューリップの花が今年も咲いた。

美しいと思えるのも、変わらぬ証だろう。

せいぜい近所の年寄りが寄る程度だったのに、今や真っ白なワンピースなんかに身を包んだ変わった人が写真を撮りに訪れるまでになった。

その輩はどうやらインスタグラム等に投稿し、身を引き立てるアクセサリーとして花を活用するのだろう。

その風景はVOWにでも投稿できるほど滑稽ではあるものの、美しさや可愛さを共有できることは素晴らしいことだと思う。

「面倒くさい」が理由で、花の世話をすることに対して、まだ、反対があるものの、継続は力なりとはよく言ったものだと思う。

僕はもう30年来継続している煙草をスッとくわえ、昔を思って懐かしむ。

通学路だったこの道から、川を泳ぐ鯉に向かってでかい石を投げ込んだものだ。

ロマンチストではあるものの、ロマンチックにはほど遠い。

世間は春だ。