
テレビ等ではその大変さが報道されており、ぬくぬく冷え冷えとした環境でそれを見ていることに罪悪感や愉悦感を感じる。
災害は実際体験したことがないとその大変さを知る由もないのではないかと思う。
僕は2011年の9月5日に台風によるダム放流がもたらした堤防決壊により水害を経験した。ちょうど僕は夜勤中で、親父から深夜2時頃に「もうアカン」と電話が来て、早出の職員さんが来たらすぐに早退した。「煙樹ヶ浜で牛が泳いでいるらしい」とリゾートチックな情報しかなく、気楽に帰っていると町内のあらゆる道路が通行止めになっており、理由を話して装甲車に先導して貰って帰ったら、それこそ「わや」になっていた。
水も電気も止まっており、町内の店からは水や食料などの物資が消え、暑さの中ヘトヘトになりながら片付け、ちょっと車で走ると目に見えた被害がない地区を怨んだものだ。
廃業する農家さんもいる中、僕らは結託して共産党や創価学会にボランティアを依頼し、大量の水を寄付して広報せざるを得ない状況を作って支援を募った。
手伝いに来てくれる人はいたし、火事場泥棒も居た。それでも助けは有難かったし、大変な中にも面白いこともあった。
そして今は笑い話になりながら何事もなく生活できている。喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったものだなぁと、僕はまだ見ぬ災害に備え、じわじわ集めている防災用品を久し振りに引っ張り出し、何かの助けになれたらとシュミレーションと妄想を掻き立てるのであった。