ブランド構築以前に必須の社会企業というアイデンティティ | 魔法の言霊――寿詞(よごと)説法師が贈る人生のヒント

魔法の言霊――寿詞(よごと)説法師が贈る人生のヒント

おめでとうございます!

『魔法の言霊(東方出版刊)』の著者・橘月尚龍です。
ボクが、この本を上梓したのが2002年――
それから世には同様の表現があふれて玉石混合で、
わけ分からん状態になってます。

そこで本家としてのメッセージを発信することにしました。

 ブランドというと、すぐに商品名が思い浮かぶひとも多いと思う。それはそれで至極当然なことといえる。一般的に「ブランド」と呼ばれる存在は商品(および、そのシリーズ)につけられた名称で「商品ブランド」の場合がほとんどだからね。そして、これはこれで正しいといっていいだろう。

 でも、その前に存在するのが会社名だ。まあ「コカコーラ」や「モスバーガー」のように会社名(モスの場合は、正確にはチェーン名)がいっしょということもあるけど――それは代表的な商品名と共通なのであって、ほかにしっかり商品ラインナップが存在する。
 でもって、たいていの場合、会社名ではなく商品名がコマーシャルされる。

 ところが「ブランドとは見えない最重要経営資源である」でも書いた伝説をつくるのは会社、すなわち企業体のほうだ。なぜなら、生活者と関係性を結ぶのは商品でなく、企業体そのものだからである。
 そして今世紀……精神の時代においては、絶対に必須のアイデンティティ(足場)が明確になってきた。それは「社会企業」であるということだ。

 また『企業診断』のコラム「存在意義のストラテジー」から引用……

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 前略……
 あなたの仕事のブランド化は、生活者自身が自己実現のためのブランド化を支援する精神の依代(よりしろ)となれるか否かがポイントであると話した。
 じゃあ、新しい潮流のもと、あなたの会社が生活者の依代となるには、どのような事業体であることが重要なのか? 今回は、この命題について考えてみたい。
 これもまた、地球自体の潮流の逆転から分析してみよう。そう、いままで物質化に向かっていた潮流が、精神化に向かっているわけである。このことはビジネスのステージにおいても例外ではない。旧時代において、お金という利益追求が主眼にあった企業が、それを手放さないといけない時期に来ているのだ。
 どういうことかというと――経済的な価値は従となり、企業の存在そのものが発揮する「御利益(ごりやく)」が必要な事態となっているのだ。つまり、社会にとって必要である企業・ビジネスであることが大前提となってきているのだ。収益のあげかたではなく社会への還元のしかたが、企業を輝かせるブランドとなるわけ。

 そこで、今回のタイトルである「社会企業」についての解説と相成る。
 社会企業――まだまだ聞き慣れない呼称だ。これに対して、敢えて挙げるとするならば営利企業となるのだろうか。そう、従来の企業体のことだ。また営利を追求しない企業のカタチとしては、NPOやNGOが思い浮かぶだろう。こちらもまた、従来型であることは否めない。
 ところが潮流が変わった時に、このどちらにも属さない企業のありかたが産声をあげた。そう、前回にボクは「潮流が逆流する時に垣根をこわしてしまい、いっしょくたになってしまった」と述べた内容に合致する企業が登場してきているのである。

 ……中略……

 ところが、これらをさらに進めたNPE(ノン・プロフィット・エンタープライズ)が、じわじわと増えてきている。直訳すると「利益を追求しない事業体」となるのだろうか。
 はっきりいって変だ。これまでのゴーイング・コンサーンの発想からすると理解できない。でも、潮流の逆転から考えるなら、分かるだろう。そう――企業としての利益はあげるのだが、その利益を従来のゾーンには還元しないわけである。

 ……中略……

 じゃあ、どうするのか? もちろん、使うのだ……社会のために! 広く社会から集めた利益を社会に還元するわけ。
 たしかに、これまでも余剰利益をさまざまな寄付に回している素敵な企業はある。でも、それは――キツイいいかたをするなら「くれてやって、おしまい」になっているケースが多いことも事実だ。ある意味、無責任なのだ。また、税金の支払いがもったいないので、コマーシャルなんかでダダーッと使っている。これまた、無責任の範疇に入るのじゃないかなあ。
 でもね。NPEに代表される社会企業は、責任を持つところが決定的にちがう。お金を稼ぐのは技術だけど、お金を使うのは芸術でないといけない。社会企業は、その名のとおり、社会サービスを企業内に持ってしまうのだ。あくまで事業の一環なんだよ。

 ……中略……

 だったら、あなたがすればいい。あなたのビジネスや企業が事業として着手することだ。もちろん、ボクだって、ささやかな力だけど……やるよ(微笑)。
 例えばコマーシャル――この世の中、CMが花盛りだ。どれほどの費用が使われているのだろう? きっと半端じゃない筈だ。その費用の数パーセントだけでも社会サービスに使われたら素敵だと思わないか。
 電通や博報堂には悪いけど――トヨタやサントリーが広告費用を削って、駅前を地上げして、そこを緑豊かな公園にしてくれたらどうだろう? ボクはトヨタに乗り換え、サントリービールを飲むよ(笑)。あなただって、そうじゃないかなあ……
 そして、こういう「おれの支払ったお金の一部が、この公園の樹木に充てられてるんだぜ。だから、このブランドのビールを飲み、そのブランドの車に乗るんだ」って。これが「御利益(ごりやく)」だ。ボクというブランドをグレードアップしてくれる関係性である。まさしくマズローの法則の「社会での評価」に直結している。
 また、ボクはこんなことも考えている。
 ボクの住まいは大阪の阪急沿線にあるんだけど、やはり朝の大阪市内に向かうラッシュは相当のものだ。そしてボクのヨメはケアマネージャをしているんだけど、いつもこんな風にこぼしている「被介護者を市内の大きな病院に連れていきたいけれど、電車がラッシュで乗れないので、午前の診察の予約はできない」って。だって車イスでラッシュの時間帯には乗れないからね。
 じゃあ、電車を買えばいい。朝の八時半発の大阪梅田行き電車の最後部車両を貸し切りにしてしまうんだ。そして被介護者や身障者と介助者だけが乗れるようにする。最近は女性専用車両があるくらいだから、駅員も誘導には馴れているだろうし……ね。
 もちろん満員車両ほどのひとは積めないから、阪急電鉄にだれかが料金を払わないといけない。それをスポンサードするわけ。地元のアサヒビールなんかが、これをしてくれたなら――ボクはアサヒビールを飲むに決まってる(大笑)。だって、ボクが飲んだくれるお金の一部が、ハンディキャップのあるひとに役立つのだからね(爆笑)。

 そうなんだ。潮流が変わって、企業が目指さないといけないのは「社会のパトロン」となったわけ。社会に奉仕するために企業が存在するという考えかたである。たしかに、これまでの企業も社会貢献を標榜している。でも、それは「できれば……」とか「将来的には……」という枕詞(まくらことば)が付く。ちがうんだよ。会社が儲かったから、社会貢献をするのじゃない。社会貢献するためにビジネスをがんばるのだ。ここでも潮流の逆転――主従が入れ替わっていることに気づこう。いやいや、いまやもう、いっしょくたになっているといったほうがいい。主客不可分だ。

 ……中略……

 このことをハナからアイデンティティとしているのが社会企業である。地球社会に貢献することが存在意義なのだ。存在の核をそこに置く。前回に述べた――すべての企業の親会社である地球株式会社の弥栄の一翼を担う世紀が「精神の時代」といえるだろう。
 とりわけ「ひとの精神性の進化に、いかに寄与するのか」が、ある意味、今世紀にビジネスを展開する企業の存在意義となってきたことは自明である。ちょっと軽いノリで表現するなら「足長おじさん」大作戦というところだ。そう、企業の存在そのものがパトロンでないといけない。
 もちろん「なにに対してのパトロンとなるのか?」は、各々の企業で決めればいい。かならずしも「公園をつくる」「電車を買う」必要はない(笑)。環境でも、福祉でも、文化でも……得意分野を生かせばいい。そしてパトロニズムを持った瞬間、その企業は社会企業となる。
 さらに社会企業は、このことで生活者のブランド化とシンクロできる。すると生活者は、あなたのビジネス・企業のシンパとなってくれる。なぜなら、あなたの方向性と気づいた生活者のベクトルが同じ方向を向いているからだ。

 ……中略……

 ここなんだ。いくらCMやSP(セールスプロモーション)をしたところで、気づきを持った生活者はなびかない。シンパどころかファンにだってなってくれない。でも、あなたが社会企業宣言を本気でしたなら、一気にシンパを獲得できる。さらにいうなら、従来型の企業であっても、社会企業に体質変換しないところの存在は危ういのだ。ならば、ハナから社会企業という存在でビジネスに取り組むことが唯一の手法となる。

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 そうなのである。
 いまやインターネット等で生活者のほうが多くの情報を持っていることなんて日常茶飯事――それどころか、個人がメディアとなれる時代だ。そんな社会の中で、生活者のこころに響くのは、その事業体が社会の役に立っていて、生活者にとって必要不可欠な存在であるか否か……しかなくなってしまったということ。
 すなわち「社会企業」であるかどうか?
 だから、ブランド戦略の前に――しっかりと社会企業というアイデンティティを確立することが必須であることを認識しよう。