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kenの自己満足日記 -虎走-

毎日のトレーニング内容(ジョギングメイン)や大好きな野球のことなど日々のことを日記に綴っていきます。

震災から一月を経て、待ちわびたプロ野球がついに開幕しました!!

すったもんだありましたが、4月12日セ・パ同時開幕です!!


この開幕戦は被災した東北の地元球団楽天が特にクローズアップされますが、宮城県でありながら、うちは一家揃っての西武ファンなので、何があっても西武中心です!

開幕戦の昨日も、夕方来た弟を含め試合開始の午後6時にはテレビの前に一家大集合!(シーズン中は我が家は基本こうなのです)


でも、開幕カードは日本ハム・・・。ということは、当然ダルが来ます。こっちもエース涌井を立てますが・・・。

相手は絶対的なスーパーエースなわけで、正直、開幕戦はしょうがない。連敗しなきゃOK!くらいの感覚でいました。

でも、やっぱり勝ちたい・・・。勝つにはせいぜい「おかわり」の一振りか、足と小技で1点もぎ取るかして、あとは涌井が粘って我慢のピッチングをする展開に持って行くしかない・・・。西武は過去の対戦ではダルにはほとんど勝てていません・・・。

さぁ、ミラクルを見せてもらいましょう!!


試合が開始しての序盤、ダルビッシュは予想通りの内容でした。というか、いつも通りの内容と言った方が適切かも知れません。

この日は特に直球で押すピッチングで力投している感じでした。ただ、ダルにしては少々ボール球が先行していたと思います。球数は多めでした。


序盤はあまりにも完璧に抑えられて、まさかノーヒットノーラン・・・と心配し始めたら、すぐ3回に注目の若手の浅村がダルからチーム初ヒットを放ち、片岡、中島のタイムリーなどでなんと一気に3点を先制しました!

あのダルから1イニングに3点!すごい!ライオンズ!ノーヒットノーランとか心配して恥ずかしいし、すいませんでした!

開幕直後からいきなり感動!


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そして7回には仰天!!

またも浅村がヒットで出てたのを皮切りに片岡フォアボール、栗山のタイムリー、ナカジの3ランでダルからさらに4点を奪い試合を決めてくれました!!ヤッタァァー!!

ダルビッシュが7失点(自責7)なんて記憶にないです。球自体はすごく良かったし・・・。キャッチャーとの呼吸がちょっと合わないのかなぁっていうのはありましたけど。


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涌井も8回無四球3失点でエースの役割を果たしてくれました。

相変わらず、片岡の美技には惚れ惚れさせられるし・・・。

こういう最高のプレーを見せてくれるプロ野球ってすごいし、見続けることをやめられません!

シーズン中はプロ野球ファンを夢中にさせてくれます。


今年もたくさんの感動をくれることを楽しみに観戦したいと思います。

もちろん、球場でも見たいです。西武ドームに行くのが楽しみです!!


こんにちは。


初めに、この度の震災においては個人的にも沢山の方に大変なご心配をおかけし、また励ましや温かい心に勇気付けられました。

被災者の一人として感謝の言葉もないです。



2011年3月11日午後2時46分頃に発生した東北地方太平洋沖地震(震源宮城県北部沖 震度7 M9.0)から早一ヶ月・・・。

自分が暮らしている宮城県石巻市は太平洋沿岸に位置し、広範囲に甚大な被害を及ぼした今回の東日本大震災の被災地の一つとなりました。

海沿い、川沿いの地域ほど津波の被害度合いは凄まじく、建物も車も根こそぎ流され、もはや地域ごと壊滅している状態です。

海や河口から数キロ離れている場所でも、土地が低い場所には津波が流れ込み、床上浸水を受ける被害が出ました。

自宅も津波による浸水被害を被り、被災後しばらくは生活を再建するための日々に追われました。


また、報道等でも再三伝えられておりますが、今回の震災では広範囲に亡くなられた方、いまだ行方が分からない方に加え、津波に家や車を流され、命からがら着の身着のままで避難所に身を寄せている方も大勢いらっしゃると思います。

その方々に比べて、自分自身の被災状況などはほんの軽いものですが、記事を再開するにあたっての区切りとしてこの一ヶ月間を振り返り、体験した被災経過のありのままを自らの視点で報告したいと思います。

3.11経過報告 #1~#8に書き綴りました。


2011.4.11 ken

3.11<地震発生>

翌日東京へ出発予定だった僕は荷造りをしていました。12日(土)は友人に会い、13日は野球の大会に出るはずでした。一通りの準備を終え、一階の事務所(自宅兼事務所で父親が保険代理業をしています)へ降りようと部屋を出かけたちょうどその時、大きな揺れに襲われました。長い長い大きな地震でした。とりあえず、買ったばかりの大型テレビを全力で抑えていましたが、部屋中の棚やレンジ、時計などなどいろんなものがなぎ倒され、まもなく蛍光灯の明かりも消えて、さすがに家が壊れるのかなと覚悟するほどでした。となりの部屋で寝ていた猫は驚いて階段を駆け下りそのまま玄関から出て行ってしまい、それっきり戻ってきません。

数分間続いた揺れが収まって下に降りると食器棚の皿は割れ放題で、テレビも2台落下していましたが、幸い誰も怪我はなく、一階にいた母も事務員さんも無事でした。事務所に置いておいたマイノートPCは運悪く落下してきたテレビの直撃で破壊されていましたが・・・。

がっかりしている間もなく、車で外出していた父が帰ってきました。そのとき雄勝町(津波でほぼ全域壊滅)というところの顧客を何軒か回っていて、迷っていた一軒だけ回らずに帰途についたため辛くも難を逃れられたようです。雄勝町を出るのがあと30分遅ければ津波に流されていたかも知れません。


3.11<津波、来る!>

実家の家族全員の安全が確認できましたが、川の向こう側に一人で暮らしている母方の祖母が心配だったので、自転車を飛ばして安否を確認に出ました。地震発生から1時間くらいたった頃だったと思います。

自宅を出て、近くのスーパー脇に差し掛かったあたりで、防災無線の拡声スピーカーが警報を鳴らしました。

「大津波警報!大津波警報!沿岸、河口付近の人は今すぐに逃げてください!」

激しい口調で避難勧告が出されましたが、ピンと来ず、とにかくいけるところまで行こうと決めました。

地震により歩道はところどころ破壊されていて、踏切では、とっくに列車が運転不能になっているにも係わらず遮断機が下りたまま警報器も鳴りっぱなしでした。途中降り始めた雪が激しさを増してきていたので、そこを無理やり突破して、先を急ぎました。

そして、中間地点くらいに差し掛かったとき、目の前の道路が水で冠水していて先に進むことが出来なくなっていることに気づきました。川の方から逆流してきた津波による浸水と思われます。

どんどんこちらに向かって流れてきていたので、これは大変だと思い、急いで引き返しました。これが津波・・・?

目的を遂行できず不本意でしたが、自分自身にも危険が迫っていたのでやむを得ませんでした。

引き返す途中の道も一部浸水し始めていたため、さらに自転車を飛ばし、車が大渋滞している道を縫うように帰宅したのでした。

帰宅して少し経った午後5時前には、ついに家の周りにも水が押し寄せ始めました。自宅がある地域は河口や海からは4~5kmは離れているので、昔から絶対津波が来るはずないと思っていて想像もしませんでしたが、水かさはみるみるうちに増していき、もう床下まで迫っていました。

慌てて、低い位置にある重要なものは机の上や二階に上げ、これ以上浸水しないことを願いましたが、それもむなしく、いよいよ床上まで浸水し始めました。こんなバカな・・・と呆然と浸水していく様を見送るしかありませんでした。


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家の周辺にはみるみる濁流が押し寄せ・・・


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すっかり道を覆いつくしてしまいました。

今でも信じられない光景です・・・


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無駄な抵抗で試みたブロック堤防も・・・


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ついに屋内への侵入を許すことに・・・

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こっちからも!!もはや覚悟のときが来ました・・・


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局サッシのガラスの下の段の真ん中あたりまで浸水してしまいました。

ちょうど線が引かれたように水の跡がついています。


3.11<不安な夜>

日がすっかり暮れて、夜になったころには一階の椅子やソファーは水にプカプカ浮いていて、畳はぐにゃぐにゃになっていました。実に現実離れした光景です。

地震発生時点で停電なってしまっていたので、夜はろうそくと懐中電灯の明かりだけが頼りでした。とにかく一階にいることは出来ないので、家族全員二階に退避しました。

それでもなお水かさは少しずつ上昇していて、階段の二段目まで来ていました。二階までは浸水しないでと祈りながら不安な夜を過ごすことになりました。

唯一の情報源であるラジオは、あちこちに取り残されている人や津波被害の大きい地域の様子を次々に知らせていました。これが現実かと思うと恐ろしかったです。広範囲でとんでもないことになっていました・・・。

また、窓越しにオレンジ色の大きな明かりが見えたので覗くと、遠くでどうも大規模な火災が起こっているようでした。後にこれが何だったのか分かることになるのですが・・・。



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ろうそくの火が貴重な明かりになりました。

心細いけど、やけにやさしい光に感じました。


3/7~3/12 トレーニング内容

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3/7(月)

二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回)合計100、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、腰(肘・膝ツイスト)合計100回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計400回

路上ジョギング≒28.0km(Time/2:16:21)

【体重】:トレーニング前(起床時)61.9kg/ジョギング後59.8kg


3/8(火)

自宅筋トレ:チューブ6種(背中、胸、腕)合計300回、脚(スロースクワット)=50回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒28.0km(Time/2:13:54)

【体重】:トレーニング前(起床時)62.4kg/ジョギング後60.0kg


3/9(水)

自宅筋トレ:二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回、ナロープレス=50回)合計150、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、胸(プッシュアップ)=50回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒28.0km(Time/2:15:35)

【体重】:トレーニング前(起床時)61.0kg/ジョギング後58.0kg


3/10(木)

自宅筋トレ:チューブ6種(背中、胸、腕)合計300回、背(バーベル30kgデッドリフト=50回、バーベル30kgローイング=50回)合計100回、肩(バーベル20kgショルダープレス=50回)、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒28.0km(Time/2:17:13)

【体重】:トレーニング前(起床時)60.9kg/ジョギング後58.4kg


3/11(金)

自宅筋トレ:二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回、ナロープレス=50回)合計150、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、胸(プッシュアップ)=50回、脚(スロースクワット)=50回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒28.0km(Time/2:16:39)

【体重】:トレーニング前(起床時)61.0kg/ジョギング後58.5kg


3/12(土)

自宅筋トレ:脚(スロースクワット)=50回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/トレーニング後-kg


<<週間走行距離:≒140km>>

3.12<在宅孤立>

朝になり、下の階を見ると昨晩見たときから水はまったく引いていませんでした。二階まで来ることもなく、床上50cmちょっとのところでストップしていました。

屋根から家の周辺を見渡すと、あたり一面冠水していてとても外に出られる状態ではありません。自宅からこんな光景を目の当たりにするとは・・・。夢でも見ているような非現実的な風景が広がっていました。遠くからいろんなものが流れてくるのが見えて、家の庭にも発泡スチロールの入れ物が流れ着いていました。庭の鉢植えもプカプカとどこかへ出かけていきます。流されるがままに行ってしまいました。

鉢植えを見送って、この状況をどうしたものかと周囲を眺めていると、駅前の人工透析クリニックから助けを呼ぶ声が聞こえてきました。透析を必要としている患者さんがまだ中にいるので、自家発電の出来る石巻赤十字病院に搬送してほしいと訴えていたのでした。自家発電を備えていないクリニックでは透析が出来ないのです・・・。しかし、あたり一面川のようになっているし、悔しいですが自分たちではどうすることも出来ません。自衛隊の救援でも来てくれないことには(翌日、自衛隊がボートで駆けつけ無事救出してくれました)・・・。


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僕が敷いたブロック堤防は役に立つことなく水没しています。


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自宅の屋根から信じられない光景を眺めるばかりです。


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ため息がでます・・・


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こうなっては車よりも自転車の方がよっぽど使えそうです。


3.12<妹からの電話>

その朝、唯一電話が使えていた父の携帯に東京の妹から電話が入りました。地震直後に安全を知らせるメールを入れておいたので、地震発生時点でのこちらの無事は知っていたのですが、テレビで津波の悲惨な映像を見てしまった妹は精神的にかなりまいっていたようです。とにかく、無事を知らせて安心させました。また、妹は弟とも連絡を取ったようで、どうも山の上の高校(宮城県石巻高等学校)に避難しているとのことでした。弟は仙台で暮らしていますが、仕事の都合で時々石巻方面に来ていることもあります。地震が起きた日はたまたまこちらに来ていたようです。運がいいのか悪いのか・・・。とにかく、石巻高校(以下=セキコウ)に逃げたなら、津波の難は逃れているはずだから安全だと安心しました。にしても、我が弟ながらあの状況下で車が浸水しないようにセキコウに逃げこむとは流石だと関心しました。自宅の2台の車は見事に水没してジエンドだったので・・・。


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学校に避難していた学生も水の中を歩いて自宅を目指していました。


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どの方向を見ても一面冠水状態です。


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屋外の駐車場にとめていた右手前の車が父のなのですが・・・

浸水するとき、両側の窓ガラスが自動的に全開しました。

ドライバーの脱出経路を確保して最期を迎えたようです。


3.13<弟の帰宅>

弟がセキコウにいることが分かりましたが、昨日は会いに行く気力がなく、一日中二階にこもっていました。今日も家の周辺は水が引いていませんでしたが、意を決して向かうことにしました。水が入ることは分かっていたので、裸足に長靴で出かけました。これが靴擦れを8箇所作る結果とになりしばらく治らないはめになります・・・。

津波の水は思いのほか冷たく、すぐに足の感覚がなくなりました。引き返そうかとも思いましたが、頑張って少し進むと、だんだん水位が低くなり最後には水がなくなりました。助かった・・・。このあたりはちょっとした高さの違いで冠水したりしなかったりしたようです。なので、床上被害が出ていないお宅もありました。

坂を上ってようやくセキコウに着きましたが、どこにも弟の車はどこにもなく、もう居なくなったのかと諦めて家に戻りました。

すると、午後になって弟が歩いてやってきたのです。弟は地震が起こったあと海沿いルートから実家を目指そうとしましたが、津波が迫っていることを悟りルートを変えて何とか難を逃れていました。その後、実家の付近が冠水していたため、家族みんなセキコウに逃げたと思って、車を別の場所(その後水没)に置いてセキコウを目指したということでした。ところが、セキコウには誰もいなくて、家族の安否が心配だったそうです。とにかく、被災した家族全員の無事が確認出来てほっとしました。本当に感動の再会でした!

自宅の二階に非難していた父、母、僕よりもセキコウ(避難所)に逃げていた弟は想像を絶するほどの凄惨な光景を見ていました。

震災当日の夜、窓から見えたオレンジの光は海沿い近くの町が燃えている炎だったのです。弟はそれがすぐ見える高台のセキコウに非難したため、眼下で家や小学校が全焼する様子を見ていたのです・・・。火災をおこした状態で流された家や車がまた他のものにぶつかり火がどんどん燃え移って大火災となってしまったようです。地獄だと言っていました。

また、避難所となったセキコウの体育館にはたった2台のストーブがあるだけで、沢山の避難者がすし詰め状態となり、寒さと空腹と狭さで極限の状態だったそうです。


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いざ、弟と合流へ!

長靴の丈より、水深が勝りました・・・分かってたけど・・・

水は足がマヒするほど冷たかったです・・・


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ずっと先の方まで冠水しています。

足が耐えられるか心配でした・・・


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頻繁に飛んでいるヘリコプター。

上空から見た街はどのように映っているのでしょうか・・・


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ようやく、水が引いている場所に出られました。

通りかかったドラッグストアには在庫を求め長蛇の列が。


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自衛隊の災害派遣車両が出動しています。


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セキコウまでもうひと踏ん張り。


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石巻高校(セキコウ)は父と弟と僕の母校でもあります。

やっと到達!!(ここで弟には会えなかったけれど・・・)



●トレーニング記録について

東日本大震災の発生により、3/12~3/21まではジョギングを休止。

3/13~3/21までの筋力トレーニングも記録は省略。





3.13<道なき道を行く>

弟と無事に再会してまもなく、次は祖母の安否を確認すべく母と僕は歩いて祖母宅を目指すことにしました。家の周辺がまだ冠水しているのに加え、まだまだ通行するのに危険な道がいくつも存在するので反対したのですが、母がどうしてもと聞かず、一人でも行くと言い出したので、同行することにしました。

幸いにも朝弟を探しにセキコウに行った時、校内にハザードマップがあって現時点での通行可能な道が把握できていました。祖母宅までの道は何とか繋がっていました。

ハザードマップをを頼りに、家の周辺を除く冠水地域を回避し、迂回路をひたすら進みました。それでもやはり祖母宅へは川沿いの道から橋を渡らなくてはなりません。一番の危険箇所と分かっていましたが、止むを得ません。

川沿いに近づくほどに町並みの破壊され具合は酷くなり、瓦礫でところどころ道が塞がっていたり、津波で押し流された船や車が建物に突き刺さっていたりしていました。とにかく、その一帯はまともには通行できる道はありませんでした。それでも進むしかありません。

そして、ようやく橋までたどり着くことができたのですが、今度は橋の上に大きな船が乗っかっていて道をすっかり塞いでいました。橋を渡るには船を越えていかなければなりません。かけられているはしごを上り、ロープにつかまって何とか船の上に降り立ちました。そして船の向こう側へ。そこには取り残された車が何台も転がっており、車の先には津波に潰された周辺の住宅の瓦礫と思われるもので埋め尽くされていました。橋の欄干はえぐり取られ、危険極まりない状態です。この道を選択したことを後悔しましたが、今更後戻りできないので最新の注意を払いながら少しずつ足場を確認しながら進みました。母もそんな道をものともせず進んでいました。なかなかやるものです。

やっと橋を渡りきることが出来て安心する間もなく、またもぞっとする光景を目の当たりにしました。祖母の家へ繋がる最後の大通りでしたが、そこは川から勢いをつけてきた津波の通り道となり、通り沿いの家々を破壊し尽していました。まともに見れないほどの惨状でした。祖母の家もそこからそう遠くありません。むしろ近いです。

不安と緊張でいっぱいになりました。

祖母宅に近づくにつれドキドキが大きくなっていきました・・・。家があってくれ、あってくれと祈りながら近づいていくと、そこには津波に耐えた家がありました。まずは良かったと家の縁側を覗くと、祖母と近所の人が居て、母と祖母は泣きながら無事を喜び合っていまいした。

本当に良かった・・・。

しかしながら、祖母の家は同じ床上浸水ではありましたが、津波の質が異なっており、勢いが強く床は満遍なく泥が敷き詰められていました。隙間という隙間を覆いつくすほどのヘドロです。

平屋の祖母宅は当然住むことが出来ないので、近所の津波被害のなかったお宅にお世話になっているとのことでした。

祖母をいち早く引き取りたいところでしたが、自宅の車を二台とも失い連れてくる手段がありません・・・。それに加え、ガソリン不足の問題もあったので、簡単に人にお願いできる状況でもありませんでした。


とにかくその日は安全だけを確認して家路に戻りました。


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セキコウでハザードマップを確認!


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川沿いに近づくにつれ町並みは破壊されて・・・


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家の前には車が突っ込んでいます。


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道が塞がっています・・・


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この道も・・・


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この辺りに安全に通れる道はないです・・・


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津波に持ち上げられ、車が乗っかったヨットがさらに建物に突き刺さっていました。

これが現実とは・・・


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大きな船も住宅地まで押し流されています。


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橋の上を横断する形で船が道を塞いでいました。


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橋を渡るにはこの船を乗り越えないと・・・


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苦労して船を越えました。


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欄干はえぐられていました。


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奥に見える漫画館だけは津波に耐えたようです。


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今度は車が散乱していて簡単には進ませてくれません・・・

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なんとか車の間をすり抜けた先は瓦礫で埋め尽くされていました・・・


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やっとの思いで橋の向こう側に渡ることができました。


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橋を渡りきった先の道です。

この道を津波は一直線に突き進んだようです。


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帰りは商店街を抜けましたが・・・


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なんと言っていいのか・・・


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映画でも見ているような光景です・・・


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フリーで通っているトレーニング施設です・・・


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商店街は全滅でした・・・

3.14<給水>

ようやく自宅周辺の水が歩ける程度まで引いたので、今日から給水しに鰐山(わにやま)の配水場へ通い始めました。これからしばらくの間、毎朝の日課となります。

鰐山の配水場は家から比較的近い距離にありますが、まさに山の上なので、坂を上りきって給水するのはなかなかの大仕事です。朝、弟と父と三人で配水場近くまで行くと、そこには給水に来ている人で既に長蛇の列が出来ていました。長い長い列は100m以上はあったでしょうか・・・。水を汲むだけなのにディズニーランド級の列です・・・。水は今や貴重品なのです。

列に並ぶこと1時間半・・・。ようやく順番が回ってきて給水することが出来ました。家に着く頃には昼近くになっていました。


生まれてからこの方、蛇口を捻りさえすれば、当たり前に流れ出ていた水道の水が止まって、毎日給水しにペットボトルを山程持って列に並び、やっとの思いで限られた量の水を持ち帰る生活をすることで、水のありがたみが身にしみました。不便な生活をしない限り気づくことはなかったと思います。水道が復旧しても、このことを忘れずに生活したいです。


この日、福島の原発施設では水素爆発が起こりました。連日、ラジオからは犠牲者、行方不明者、原発事故のことが告げられていました・・・。


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配水場にも長蛇の列が。


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生活水を得るために皆必死です。


3.15<生活再建へ>

周辺の水はすっかり引いて、浸水していた家の中の水も引き、床上の片付けが出来るようになりました。

床の水を外に掻き出し、すっかり水に浸かってしまったソファや椅子をとりあえず乾かし、畳や使えなくなったタンスなどは災害ごみとして処分することになるのでどかしました。とにかく、使えなくなったものは捨てるしかないので、掃除して使えるものだけ残すように仕分け作業に追われました。

父は仕事を再開するために事務所を、母は日替わりで各部屋を片付けていました。自分と弟は両親を手伝いながら、給水に毎日通いました。


一方で、食べ物のことも心配しなければなりませんでした。地震と津波の影響で高速道路や幹線道路が思うように使えず、輸送燃料問題等もあり、物流が滞っているようでした。僕の家のように自宅で非難している家庭では、自宅での備蓄や近所の助け合いにすべてがかかっていました。避難所に避難している人たちは救援物資が足りず、もっと大変だったと思います。


この当時の我が家は、停電になったあとすぐに母が近所の人から借りた石油ストーブとカセットコンロが暖と調理の術となっていました。

朝はサツマイモをストーブの上で焼いたり、ストックしていたホットケーキを焼いたりしていました。昼や夜は冷蔵庫の中の食材を早く使う必要があったため、毎日結構豪華でした。米だけは倉庫に置いていた備蓄が津波の水を被ってしまったため、使えずわずかでしたので、おかゆにしてしばらく凌ぎました。1合の米を4人で一食分にしました。

こんな状況がいつまで続くか分からなかったので、とても不安でした。

それでも、近所の人同士でいろいろなものを分け合ったりして、励まし合い、一番苦しいときを乗り越えました。


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毎日給水でお世話になった鰐山配水場。



3/22~3/27 トレーニング内容

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3/22(火)

自宅筋トレ:チューブ6種(背中、胸、腕)合計300回、二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回、ナロープレス=50回)合計150、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、胸(プッシュアップ)=50回、脚(スロースクワット)=50回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒13.0km(Time/記録なし)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後-kg


3/23(水)

自宅筋トレ:腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒25.5km(Time/記録なし)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後-kg


3/24(木)

自宅筋トレ:二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回、ナロープレス=50回)合計150、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、胸(プッシュアップ)=50回、脚(スロースクワット=50回、バーベル30kgスクワット=50、バーベル30kgランジ=左右各50)合計200回、背(バーベル30kgデッドリフト=50回、バーベル30kgローイング=50回)合計100回、肩(バーベル20kgショルダープレス=50回)、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:40:00前後)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後-kg


3/25(金)

自宅筋トレ:腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:42:38)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後59.0kg


3/26(土)

自宅筋トレ:チューブ6種(背中、胸、腕)合計300回、二の腕(ナロープレス)=50回、胸(プッシュアップ)=50回、脚(スロースクワット)=50回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:43:21)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後60.0kg


3/27(日)

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:51:10)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後61.5kg。


<<週間走行距離:≒160.5km>>

3.17<救世主現る>

震災発生から7日目、停電と断水は依然として続いており、夜は懐中電灯とろうそくが欠かせない状態でした。

こんな状態がいったいいつまで続くのか・・・電池やろうそくも無駄使いできないので必要最低限に節約することにしていました。

その日の夜、いつものようにおかゆと冷蔵庫に残っていた食材を使って鍋料理をしていたところ、突然訪問者が3人訪ねてきました。

彼らは弟の会社の人たちで、ワゴン車に救援物資を積んで東京からはるばる安否を確認に来てくれたのでした(東北道は通行止めだったので、下の道をひたすら来てくれたそうです)。

東北地区の従業員の中で安否不明だった最後の一人が弟だったということでした。


それにしても、東京の本社から被災地まで専務率いる重役の人たちが直接着てくれるなんて、弟もそれなりに会社にとっても大切な人材なんだなぁと思うと同時にありがたくて仕方がありませんでした。

現時点で残り少なくなっていたカセットコンロ用のガスボンベ(33本)をはじめ、米(5kg)、電池(30本)、レトルト食品(30食)、LEDワークライト(3機)、水(24L)、電池式携帯充電器(1個)、懐中電灯付ラジオ(2機)、ウェットティッシュ(大量)、NASA開発の携帯毛布etc・・・。

物が手に入らない状態がいつまで続くか分からない中で、こんなに助けてもらえて感謝の言葉もありませんでした。

特にカセットコンロは今とても必要なものの一つでありながら、現状では手に入れることは無理だったので、近所の人たちにも分けてあげられるし、本当に助かりました。

僕も携帯が充電でき、心配してくれている人たちに連絡をすることが出来るようになりました!!

弟には会社に忠誠を誓ってもらわないといけませんね・・・。


3.18<運命>

震災から一週間が過ぎた頃から、親戚や知人の訪問を受けるようになりました。弟の車を含め家の車が3台とも津波にやられて使えないので、遠出できずこちらから出向くことができないというのもありましたが。


訪問してくれた人の中には、津波にすっかり家を流されてしまって親戚や知人の家で世話になっている人、被害が比較的軽かった人、被害がまったく無かった人と様々でした。住まいが海に近いかそうでないか、高いところにあるか低いところにあるかで、被害状況はまったく違いました。同じ市内でも住んでいる地域がちょっと違うだけで、運命が全く変わってしまったのです。

父の顧客や知人の中にも被害状況が大きかった地域に住んでいて、無くなられた方が多数いました。名前が毎日のように新聞に載っているんです・・・。

本当に恐ろしく、悲しくなりました。


また、外に出れば、偶然に道端で再会を喜びあう人や泣きながら抱き合っている人、お互いに励ましあう人を目にするようになっていました。移動手段である車を失い、通信が思うようにならない状況下では被災者同士お互いの無事を確認することさえも大変なことなのです。


3.19<連絡>

弟の会社の人が救援物資で持ってきてくれた電池式の携帯充電器のおかげで、やっと携帯を充電することができ、震災以来連絡がつけられなかった人たちに自分の安全を直接連絡することが出来ました。

携帯の電源を入れるとメールが30件近く入っていて、どれも僕を心配してくれているものでした。しばらく連絡をとっていなかった人からもメールが入っていて、皆に心配をかけていたと思うとこみ上げるものがありました・・・。

地震が起こって、津波が来て、丸一週間、体も髪も洗えず、髭を剃ることも忘れて、ただ生活のために必死になっていて、遠くで心配してくれている人たちがいることまで考えられていませんでしたが、メールを見て改めて自分を思ってくれる人たちがいることに涙が出ました。

今まで当たり前だった生活が奪われて、ひどい目にあっても、わざわざ東京から救援にやってきてくれる人たちや沢山の心配のメールをもらえることが出来て、人と人の繋がりのありがたさを感じることが出来て幸せでした。


そして、いろんな人の励ましで勇気も沸きました。

これからまだまだ頑張らないと!!


kenの自己満足日記 -虎走-
レオ(らんから改名)♂0才。



3/28~4/3 トレーニング内容

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3/28(月)

自宅筋トレ:二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回、ナロープレス=50回)合計150、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、胸(プッシュアップ=50回、バーベル30kgベンチプレス=50回)合計100回、脚(スロースクワット=50回、バーベル30kgスクワット=50、バーベル30kgランジ=左右各50)合計200回、背(バーベル30kgデッドリフト=50回、バーベル30kgローイング=50回)合計100回、肩(バーベル20kgショルダープレス=50回)、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:49:11)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後60.0kg


3/29(火)

自宅筋トレ:チューブ6種(背中、胸、腕)合計300回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計230回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:48:07)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後61.5kg


3/30(水)

自宅筋トレ:腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計230回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:50:06)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後61.0kg


3/31(木)

自宅筋トレ:二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回、ナロープレス=50回)合計150、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、胸(プッシュアップ=50回、バーベル30kgベンチプレス=50回)合計100回、脚(スロースクワット=50回、バーベル30kgスクワット=50、バーベル30kgランジ=左右各50)合計200回、背(バーベル30kgデッドリフト=50回、バーベル30kgローイング=50回)合計100回、肩(バーベル20kgショルダープレス=50回)、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:53:58)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後62.0kg


4/1(金)

自宅筋トレ:腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:58:25)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後61.2kg


4/2(土)

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:56:02)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後61.5kg


4/3(日)

自宅筋トレ:チューブ6種(背中、胸、腕)合計300回、二の腕(ナロープレス=50回)、胸(プッシュアップ)=50回、脚(スロースクワット=50回)、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:56:23)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後62.5kg


<<週間走行距離:≒213.5km>>

3.19<ご近所の助け合い>

今日はポカポカ陽気でとてもいい天気でした。母は洗濯機が浸水で故障(脱水のみ可能)したのにも係わらず、大量に汲んできた水を使って溜まっていた洗濯を手洗いでガンガンこなしていました。

一方、父と弟と僕は近所の男の人たちと協力して、まだ家庭内に残っている水を吸った畳や冷蔵庫など超重量級の災害(震災)ゴミを運び出す作業を手伝いました。

ちょうど、家からすぐのところに旧幼稚園の体育館(現在、市で利用)があり、その脇が駐車場なので、そこがこの地域指定の災害(震災)ゴミ置き場になっていました。

お隣の家の旦那さんが会社の車(大型荷台トラック)を出してくれたので、みんなで力を合わせて積み下ろしに汗を流しました。僕の日ごろのトレーニングで培ったパワーも少しは役に立ったかもです。

日中がかりで3家庭(おとなり、お向かい、さらに向かいの床屋さん)分の災害(震災)ゴミを出し切りました。みんなよくがんばりました!!

長らく東京にいたこともあり、ご近所とこんなに密に接したことはありませんでしたが、人と人が助け合うことの大切さを感じる一日になりました。


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災害ゴミ集積場(もう道路にはみ出しています)


3.20<仮埋葬>

いつものように給水しに鰐山へ向かう途中の坂道を弟と歩いていると、弟が血相を変え「なんだあれ!?」と言って立ち止まりました。その方向を振り向くと、巨大な穴が掘られていて、掘った土が高々と積み上げられていました。一瞬あっけにとられましたが、僕も弟もそれが何なのかすぐに分かりました。近くにある市の総合体育館は犠牲者の遺体安置所になっています。

「死んだ人を埋めるんだね・・・」

思えば震災が発生してから10日が経過していました。

そのまま少し進むと、白い手袋をした自衛隊の列が埋葬場所に向かって行きました。埋葬は本来の自衛隊の職務ではありません。もやは市だけでは人員の対応が難しいのだと思います。


ラジオでもこのことは伝えられていました。衛生上の問題もあり、火葬が間に合わないため仮埋葬で土葬するのだそうです。そして、数ヶ月から2年以内にすべての遺体を火葬する計画だそうです。


翌日からは毎日そこを通る度に家族付き添いのもと埋葬が行われていました。埋葬された場所には番号札が立てられていました。その一帯だけで、何十番もの番号札が立てられていました。これからどんどん増えていくのでしょうか・・・。


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この人たちも被災したのか・・・設営車があったのを見ましたが。


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総合体育館は遺体安置所になっていました。


3.20<祖母、家へ>

長らく一人きりにしていた祖母をこの日ようやく家に連れてくることが出来ました。祖母のご近所の方で車を出してくれて。

これでようやく安心できました。

80歳を越えてのこの被災はさぞ堪えたと思います。

とにかく、これからは安心して暮らしてほしいです。


3.21<前進>

今日から近所のスーパーが店内営業を始めました。これまでは限られた商品を店頭で販売するのみでしたがこれからは店内で一通りの商品を選ぶことが来ます。

とはいえ、まだまだ物資は不足しているため、開店数時間前から長い列が・・・。

僕もこの日は決意して4時間前から並びました。とにかく、物が手に入ることが最優先だったので、並ぶ時間が長くても我慢できました。

苦労の甲斐があって、たまごや牛乳、パン、日用品など買いたいものを買うことが出来ました。


また、この日からこの地域にも毎日救援物資が届くようになりました。家のすぐ近くの体育館が救援物資の搬入場所になっていました。毎朝、運送会社のトラックが物資を運んできてくれます。町内の住民もそれを搬入する作業を手伝う日々が始まりました。大きなダンボールにパンやおにぎりなどすぐに食べられる食料が入っています。日々、被災地に向け物資が送り込まれるようになってきました。

買い物も何とかできる状態となり、物資も頂くことができ、不安な状態から抜け出せる光が見えました。


そしてその日の夕方にはついに電気が復旧しました!!

待ちに待った電気・・・。

電力会社の人が着てくれたときには本当に嬉しかったです。

部屋の蛍光灯が付くと、ほっとして力が抜けました。もう夜の暗闇から解放されます・・・。

テレビやエアコンも一気に使えて、一気に贅沢な環境になったことに少し戸惑ってしまいました。

電気が使えるありがたさを忘れないようにしないと・・・。


物流、電気の復旧と少しずつですが確実に前進してきていることを感じた一日となりました。


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体育館に運び込まれた救援物資。


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被災してしばらくは見ることがなかったパン。



4/4~4/10 トレーニング内容

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4/4(月)

自宅筋トレ:二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回)合計100、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後63.0kg


4/5(火)

自宅筋トレ:胸(バーベル30kgベンチプレス=50回)、脚(バーベル30kgスクワット=50、バーベル30kgランジ=左右各50)合計200回、胸(バーベル30kgベンチプレス=50回)、背(バーベル30kgデッドリフト=50回、バーベル30kgローイング=50回)合計100回、肩(バーベル20kgショルダープレス=50回)、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計230回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:49:38)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後62.5kg


4/6(水)

自宅筋トレ:チューブ6種(背中、胸、腕)合計300回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:51:57)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後62.5kg


4/7(木)

自宅筋トレ:二の腕(ダンベル10kgアームカール=左右各50回、ナロープレス=50回)合計150、腕(ダンベル8.75kgサイドレイズ=左右各50回)合計100回、胸(プッシュアップ=50回)、脚(スロースクワット=50回)、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒30.5km(Time/2:56:08)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後62.5kg


4/8(金)

自宅筋トレ:チューブ6種(背中、胸、腕)合計300回、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒18.6km(Time/1:30:56)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後-kg


4/9(土)

自宅筋トレ:胸(バーベル30kgベンチプレス=50回)、脚(バーベル30kgスクワット=50、バーベル30kgランジ=左右各50)合計200回、胸(バーベル30kgベンチプレス=50回)、背(バーベル30kgデッドリフト=50回、バーベル30kgローイング=50回)合計100回、肩(バーベル20kgショルダープレス=50回)、腰(肘・膝ツイスト)合計50回、腹(クランチ、ツイスト、レッグレイズ等)合計200回

路上ジョギング≒28.0km(Time/2:18:59)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後62.5kg


4/10(日)

路上ジョギング≒28.0km(Time/2:24:29)

【体重】:トレーニング前(起床時)-kg/ジョギング後62.5kg


<<週間走行距離:≒166.1km>>

3.22<試走・再開>

靴擦れの回復は程遠い状態でしたが、そろそろジョギングを再開したいと思っていたので、今日ついに試走に出ました。ジョギングコース(松林のサイクリングロード)が一体どうなっているのかの確認も兼ねて。

サイクリングロードの入り口はフェンスがなぎ倒され、ひどい状況でしたが、コースそのものは道もしっかりしていて震災前の状態とほとんど変わっていませんでした。やはり、いろんなところから流れてきた様々なゴミが散乱してはいましたが。

さらに周囲を確かめながら走りを進めると松林の向こうに沢山の車が突っ込んだり、ひっくり返ったりしていました。この辺りも海からの津波の勢いが強かった地域で、その先はもっと悲惨な光景が広がっていました。とにかく、瓦礫と大量の流された車で埋まっている状態です・・・。サイクリングロードは土手の上に作られているため、水がそれほど押し寄せなかったと思われます。

ひどい光景を眺めながらさらに進むと、通常車が止まっていることはないのですが、サイクリングロードの脇の芝生に数台の車がありました。どうやら、津波を逃れてここまで車で乗り付けた人のもののようです。またさらに進むと今度はキャンプ用のテントが張ってありました。津波で自宅を無くしてしまったのか、ここで自分で仮設生活をしている人がいるようです。他にも掘っ立て小屋があったり、芝生の上に毛布があったりと、この辺りを生活の場に利用している人がいて驚きました。この時期、朝晩はかなり冷え込むので心配ですが・・・。

家を失った人の中には避難所だけでなく、車やテントで生活している人がいることも知りました。


また、ひとつ嬉しかったことがありました。いつも毎朝ジョギング中に挨拶を交わしていたお婆さんに再会できたのです。今の現状を心配しあいましたが、お互いに大丈夫ということで安心できました。最後に「頑張りましょう!」と声を掛け合って別れました。

いつも決まった時間に走っていると、何人か顔なじみの人が出てくるものです。みんな震災の後どうしてるのか気になっていました。いつも、6時前にガンガンウォーキングしているおばさん、6時半ごろ犬の散歩をして、途中体操をしてから帰る青いジャケットのおじさん、ジョギングしながら通勤している人などなど・・・。中には震災後ぜんぜん姿を見なくなってしまった人もいます。どうしているだろう。どこかで無事にいてほしいです。


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松林の間からは車や瓦礫の散乱が見えます。


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この辺りも津波の勢いが強かった地域です。


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ジョギングコース脇にはテントが張られていました。


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車も置かれています。


3.25~3.27<ヘドロとの戦い>

家の片付けが一段落つき、普通に生活できる状態を回復したので、今度は家に引き取った祖母の家の片付けを開始することになりました。

祖母の家を襲った津波は、僕の地域をに来た津波とは質が異なり、かなり勢いがありました。畳は持ち上げられゆがんでいましたし、また波の勢いが大量のヘドロも一緒に運んで来て、床一面、隙間という隙間を満遍なくヘドロが埋め尽くしていました・・・。

祖母は「もう住めない・・・。家を潰す」と言い切っていましたが、とにかくヘドロを出来るだけ掻き出し、捨てられるものは捨て、使えるものと分ける作業をすることにしました。

しかしながら、あまりにヘドロの量がすごいので初日は一体、どこから手をつけようか途方にくれるほどでしたが、まずは動線を確保しようと庭のヘドロ除去から取り掛かりました。ヘドロは水分を多く含んでいるため、相当な重さでした。根気と体力が物を言う作業でしたが、母と僕の二人で頑張って初日はなんとか外回りのヘドロを除去しました。


翌日と翌々日は、会社の仕事に復帰していた弟が車で来てくれたので、三人で一気に片付けを進めました。ダメになった畳をすべて出し、水と泥で使えなくなった大量のタンスや家具(故祖父が船大工だったので手作りしたこの手のものがすごくいっぱいあります)を出し・・・とにかく物が多くて、母が子どもの頃の衣類まで出てきたり・・・。もはや祖父と祖母の人生の歴史産物がそのまま残っている感じでした。

しかし、この歴史の重みにも負けず、この3日で大仕事は終えました!

あとは多少の片付けをして水道が復旧してから、部屋中丸洗いしていく格好です。


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祖母の家で飼っている猫です。

津波でおぼれているところを近所の人に助けられ、九死に一生を得ました。


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しばしば通って餌と水をあげています。

また来るからね。


3.26<断水終わる>

祖母の家の掃除から戻ると、僕の家の地域(山下地区)では水道が復旧していました。蛇口から水が流れているのを見るのは実に半月ぶりです!

「もう給水は終わりなんだぁ」と感慨に浸ってしまいました。しばらくの間、朝のライフワークだった給水が終了した瞬間でした。

また、この日は家の固定電話も復旧し、同時にインターネットも接続可能となりました。

これで父の仕事も本格再開出来る見込みが立ちました。損害保険代理業なので、仕事柄今回のことで大変な忙しさになることは間違いありません。携帯電話はすでに顧客からの電話でひっきりなしに鳴っていました。父は食事もまともに取れないような状態となっていました。


3.28<地震保険>

今日から父の仕事が本格的に再開しました。事務員さんも出勤できる状態となり、今回の津波によって車を失った顧客の自動車保険の契約上の処理(中断・解約)対応に追われていました。解約がこんなに一気に集中することはありえないので、大変な業務量になっています。残念ながら保険業務の資格を取得していない僕は一切手伝うことができません・・・。本来であれば、4月7日にその試験を受ける予定でしたが、今回のことで中止となり、その機会さえも無くなりました。


今回の震災では沢山の家や車が損害を受けました。そんなときこそ、損害保険の出番です。契約して頂いているお客様の救済に一役買えるときが来たのです。住宅は地震保険(建物・家財)に入って頂けていれば、それぞれの補償が受けられます。全壊など被害が大きい場合には全然足りない額ですが・・・。


一方で、自動車は通常の車両保険では補償されません。今回のように地震・津波・噴火に起因する自然災害での損害の場合はすべて免責となり保険金は一切降りないのです。今回は津波で水没したり、流されたりして自動車を失ってしまったお客様が多いのですが、津波が原因であるため自動車保険の効力は発揮されないのです(単なる大雨洪水ならば補償されます)。

それでも地震・津波・噴火災害の特約(唯一補償される)というものが無いわけではありませんが、各保険会社とも表立っての販売はしていないし、契約しているケースは稀で、その存在を知らないお客様が多いのも事実です。大半の方は車両保険で保険金が降りると思っていて、やり場のない怒りを代理店にぶつけるお客様もいます・・・。その心境も分かる気がします。


このところ、毎日電話で父がその説明をしているのと聞いて、車両保険の免責と特約のことを自然に覚えてしまいました。それくらい同じ内容の電話が繰り返されていました。

父はこのところの過労と心労からか、ついに体調を崩し、喘息になってしまいました。仕事と言えばそれまでですが、気の毒で何の役にも立てないのが歯がゆいです。


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これほどの被害状況では・・・


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保険にも限界がありそうです。

3.29<家電調達>

そろそろ、家電量販店も営業を再開し始めました。

冷蔵庫は僕が一人暮らしのときの小さめのがあったので、当分凌げるのですが、やはり母としては洗濯機がいち早く欲しくて、この営業再開を待ち望んでいました。


しかし、お店はガソリン不足な上、人手も不足しているのでとても自宅配送はしてくれない状況でしたので、うまく買えたにしてもそれをどうやって家まで運ぶかが問題でした。

それでも、即決・即行動の母(それが長所でもあり、短所でもあるのですが)は、今回もいち解決策を出し、おとなりさんに声をかけて、一緒に洗濯機を買う名目で、おとなりの旦那さんの会社の荷台トラックを出してもらい長い列に並んで見事に洗濯機を買ってきました。これを午前中でやってのけると、午後は午後で忙しく飛び回っていました。とても還暦間近の人とは思えないタフさです・・・。やりすぎて困ることもしばしばですが、頭が下がります。

父は父で仕事で使う複合機が水没してしまったので、代用の小さな複合機を買ってきていました。

父も母もそれぞれの持ち場を完全復旧させつつありました。


4.1<失われた風景>

3月中は給水や祖母の家の掃除で忙しく毎日が過ぎていましたが、4月に入り、市内でも被害の大きかった海沿い地域を一度見ようと自転車を走らせることにしました。


弟や父はすでに見てきていて、ほとんど何も残っておらず、瓦礫に多い尽くされていると言っていましたが、自分の目で確かめたくて、太平洋岸の景色が一望できる高台の日和山へ向かいました。今年の初詣に写真を撮った場所です。いつもの高台には、テレビ局の中継車など東京の方から来ている車両もありました。

高台から見下ろした風景は以前の面影は全く無く、ほとんどの建物が無くなっていました。弟と父が言っていた通りです。壊滅でした・・・。「どうしてこんなに・・・」悔しさで涙がこみ上げました。

それでも、この様子をしっかり目に焼き付けようと、更に近くまで行くことにしました。


衛隊の尽力で、現在では幹線道路の瓦礫こそ取り除かれてはいましたが、そこに何があったのか定かではない状態でした。焼け爛れた状態で押し流された車や家、全焼した小学校の校舎、津波で基礎しかのこっていない住宅地・・・。本当に原型が分からない状態です。見慣れた風景は消え去っていました。

ここ(門脇地区というところ)はまさに強烈な津波が直撃したのです。大津波警報が出ても津波の恐ろしさを知らなかった僕は逃げることなんて考えもしませんでしたが、もしこの辺りに住んでいてあの時間自宅に居たとしたら果たして逃げていたのか・・・。この辺りは地震直後すぐに高台まで逃げ無ければ、間違いなく命はありません。

実際、お年寄りや寝たきりの人は逃げることも出来なかったのではないか・・・。海にさらわれて行った人がどれほどいるのだろうか・・・。


爆撃でも受けた戦場のような光景がずっとずっと広がっていて、受け入れたくない現実がありました。


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高台の家々は被害を受けていません。

まるで何事もなかったかのような佇まいです。


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高台まで着きました。

初詣でも写した景色でしたが・・・


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海に向かって花が手向けられていました。

奥に見える橋(日和大橋)と同じ高さの津波が町に押し寄せたと聞いています。


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高台から覗くと町並みは破壊尽くされていて・・・


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悔しい思いがこみ上げます・・・

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高台から降りて近くまで向かいました。

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この辺りは住宅やお店が立ち並んでいたのに・・・


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建物は基礎を残すのみで、津波に根こそぎ流されてしまっています。


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焼け爛れた車の奥には全焼した小学校の校舎が見えます。

130年以上の歴史がある学校です。


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近くにある祖父のお墓に墓参りする際には、よくこの小学校のウサギ小屋に寄っていました。

夏休み中でも児童が当番で世話をしていたのですが・・・


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夢なら覚めてほしいと何度も思います。



4.3<配給終了>

もうひとつのライフワークだった救援物資の配給の積み下ろし作業も最後の日を迎えました。もともと、僕の住んでいる山下地区は被害が少なかったので、今日まで配給を頂いたこと自体申し訳ないくらいでした。

それでも、手厚い配給をこれまで毎日頂いたことに大変感謝しています。

まだまだ配給を必要としている地域の環境が一日も早くよくなっていってほしいです。


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毎日、たくさんの救援物資を送って頂きました。

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感謝して美味しく頂きました。








4.5<災害(震災)ゴミ>

今回の震災は家庭内の様々な物をダメにしてしまいました。

津波によって家そのものが流された地域はもとより、浸水した地域では軒並み災害(震災)ゴミが出され、広場や家の前などには凄まじい量のゴミが溢れています。日に日にその量は増加し、現在では車の通行の妨げになるほどです。

耳に挟んだことではありますが、現時点で市内で年間処理されるゴミの量(5万トン)の100倍以上(つまり100年分)が一気に出されている状態だそうです。

これらはいつ、どうやって処理されるのだろう?そもそも持って行く場所なんてどこにあるのだろう・・・。各家庭から出された災害(震災)ゴミもこの先の復興への課題の一つとなりそうです。


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浸水した地域には軒並み災害ゴミが出されています。


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十分なスペースがなければ、そのまま道路沿いに出すしかありません。


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スペースがあっても、さらにはみ出して道路の半分以上までを塞いでしまっています。


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ついにはこんな警告までも・・・。


4.7<強震再び>

4月7日午後11時32分のことでした。ようやく一日のことが終わって眠りに着いた直後、再び強い揺れ(最大震度6強・M7.1)に襲われました。僕はまたもテレビを押さえ、揺れに耐えていました。まもなく停電(翌午前中に復旧)し、またあの日の悪夢がよぎりました。

誰もが津波を心配し、周辺では車を安全な場所に退避させ始めました。家も代用に購入した車を非難させに行きました。

このまま津波がこないことを祈りながら・・・。

津波警報が出たものの、前回のように津波による被害が出ることはなく、一安心です。

しかし、翌日にはまたも断水していて、地震直後、水道が出ているうちに母と祖母が浴槽となべに水を汲んでいてくれて少し助かりましたが、やはりまた鰐山配水場のお世話になることになりました。


また、道路や建物は更にダメージを受けている箇所があり、外壁がすっかり崩落してしまった建物や、陥没した道があって、ますます危険な状態になってしまいました。一時復旧した橋も再度修復が必要になっています。

少し環境が改善されて来た矢先に再度地震の脅威にさらされ、落ち着かない日々が続きますが、それでも頑張っていくしかありません!


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前回の地震ではがれ掛けていた近所の外壁は今回の地震で完全に・・・


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僕の部屋の棚の中身も2度目のクラッシュ・・・


4.11<震災から一ヶ月>

今日で東日本大震災の発生から一ヶ月が経ちます。

しかし、まだまだ被害の全容は掴めず、多くの人々が避難生活を強いられ、犠牲者は増え続けています。放射能の汚染問題も依然深刻であり、余震も活発に毎日続いていて、いまだ油断できない緊張状態です・・・。


このような中、今回自分自身の体験でも実感しましたが、やはりみんなが力を合わせて、助け合うことで乗り越えていくしかないと思います。この未曾有の国難を乗り越えるためには。


石巻市も被災地として、大変苦しい状況が続いておりますが、国や自衛隊をはじめ全国からの災害支援の関係各所、一般ボランティアの方々にも支えられながら一日も早い復興を目指しています。

以前のような状態に戻るまでは本当に長い時間がかかると思いますが(完全には戻らないかもしれないけれど)、諦めずに前進します。僕も自分の出来ることをしてこの先を強く生きていきたいです!


kenの自己満足日記 -虎走-
がんばろう!石巻!宮城!東北!日本!!