突然ですが、拳士の皆さんに質問です
Q.「少林寺拳法とは、なんぞや」という問いに、4文字以内で答えてみてください
A.「禅門の行」もしくは「宗門の行」
とここまでは、スラスラと答えられたはず!?
もっと深く勉強している拳士は、
「少林寺拳法と云うのは、単なる武道やスポーツではなく、宗教法人総本山少林寺に伝承する、霊肉一如の修養法であり、仏弟子の健康増進と、精神修養と、護身練胆の三徳を兼備する金剛禅宗門の行である」という教範の一文(「少林寺拳法の本質」の項)も、思い出したことだろう
ではもう少し掘り下げて、『行』とは?
となると……
辞書には「仏教の勤め・修錬/世界を成り立たせる要素」といった意味が書いてあるが、
開祖の解釈はもっと独特のものだった
曰く
「『行』という字は、強い人が子供か老人(弱い立場の人)を背負ってお互いに向かい合っている姿だ」
(つまり、強い人が弱い人を助けながら、お互いが幸せに暮らせる社会を作るのが、少林寺拳法の目標)
というわけで、2008年の夏合宿のときに、ウチの拳士みんなで実際にやってみた(↓)
題して、「第一回 『行』コンテスト」
(写真は、その最優秀賞を受賞したグループ)
バカバカしいようだが、実際にやってみるといろいろわかることがある
一番よくわかったのは、『行』は一人ではできないこと!
(ご覧のとおり四人は必要)
「組手主体」が特徴の少林寺拳法なので、最低二人いれば修錬できると思っていたが、人間完成の『行』として実践するなら、その倍以上が必要になる
少林寺拳法では、よく「みんなの中で、みんなとともに(成長・上達する)」といわれるが、『行』の本質を考えれば、それが必然だということが分かってくる
少林寺拳法の原点、「慈悲心と勇気と行動力のある人間を一人でも多く作る」という開祖の志に立ち返っても、素質に溢れた人材を多く集め、人間関係を豊かにし、そうした好環境からしか、“本当に強い”人間は育ってこないことは明白なので、やはり仲間作りは『行』の最優先課題といえるのではなかろうか
というわけで、開祖生誕100年の来年に向け、拳士倍増を目標に掲げ、この秋から拳士増加のために知恵を絞っていくことにする
門下生各位もぜひ一緒になって力を貸してほしい
本日の「身体の知能指数」 (PQ=physical quotient) 『106』