メメントモリ | 私のままに っき

私のままに っき

心と魂の探究者、動物好き星好き旅好きのスターシードです

今年を振り返るには まだ早いかもしれないけど...


2016年の 人間関係(友情も恋愛も)は 泣けるほどキツかった ブログには書けなかったけど


某有名占い師さんによると 私、今年は12年に一度の最高の年らしいんだけど・・・


これを最高の年と言うのなら、 私の人生 切ないにもほどが・・・(--; 神様ムゴ!


しかも 体調も良くなくて、 メンタル的にも 落ち込んだ日を過ごしたことも多く辛かったです


 もともとジメジメした性格ではあるんだけど、2016年は なかなかの修行の年だったな~ (iДi)


       でも 大きな山は越えたし復活! 元気に過ごしてるんで心配はしないでくださいね♪



そんな時、4年ほど前に 書いたけどUPせず 下書き保存したままのブログ記事を偶然みつけました


   自分が書いたものなのに 読んでみて改めて考えさせられることもありました


        なので ずっと眠ったままの記事だったけど、今回 改めUPしようと思います



            タイトルは 「私が思う死について」  文章も修正せず そのままでUPしますね


  


アゴやん




私たちは いつか必ず死ぬ


偉い人も偉くない人も お金持ちも貧乏な人も 波乱万丈を生きた人も 平凡に穏やかに生きた人も


いつか必ず100%の確率で  生まれたときと同じように なにも持たずに死んで行く



 自分は どんな死に方をするのだろう


苦しむのかな、痛いのかな・・・ でもそれは その時が来るまで分からないこと


でも きっと その時より、想像の死の方が遙かに怖いことを考えているように思う



以前、ある人に言われた言葉で もの凄く傷ついたことがあった


今 思えば、それほどまでに神妙に受け止めなくてもよい言葉だった


怒っても、言い返してもよかったのに 私は何も言わず ただ受け止めた



「 その人にそんなことを言わせてしまった自分が悪いのだ 」


その時の私はそう思い、ひたすら自分を責め続け


人にそんなことを言わせるような自分は最低な人間で 幸せに生きる価値などないと思った



そして その人が 私に対してヒドイことを言ってしまったと気にしないで済むように


死ぬほど傷ついているのに その人の前で全く傷ついていない振りをした、いつも通りに接した


そんな私の姿を見て 自分の暴言を悔いていたその人はホッっとしていた


それで良かった


そして 私自身 自分のハートがズタズタに傷ついていることを見ないようにし、感情も押し殺した


そうして 私の心は傷がついていることを誰にも気付いてもらえなかった、私にすら・・・



それでも その人に言われた言葉を時々思い出しては 私はとてつもなく暗くツライ気持ちになった


そのたび 傷ついている自分を封印しようとした、必死で


それが 何年も続いた


私にその言葉を言った人は とっくに忘れているだろうけど・・・



感情にフタをし続けることは、自分で自分をもっとも傷つける行為だった


あの時は それに気付けず 「ポジティブでいることが良いこと」なんだと


可哀相で格好悪い自分を消そうと必死だった



ある夜、とても呼吸が苦しくなった (今思えば あれは過呼吸だったのかな)


「 私、寝ている間に死ぬのかも・・・」 と思った


もし そうなっても仕方ない人間なんだと思った



あの暴言を思い出しては苦しみ続けた数年だったけど、周りの人の目に映る私はいつも通りの私だった


感情にフタをし続け 必死で気付かないふりをしていたけど、いつだって私の心は悲鳴を上げ続けていた


でも ついにそれが身体に現われ、過呼吸に加え 常に貧血のようにフラフラし、時に意識が飛びそうになった


体調は相当ヒドイ状態になっていた、 けど 認めるのが怖くて 気付かない振りをし続けた


だから 友達との海外旅行の準備もキャンセルすることなくドンドン進めていった


でも 私の身体は あきらかにおかしい状態だった



心の声も 身体の声も 完全に無視し続けた私


でも ついに限界がきた


恐ろしい病気なのかもしれない、私もしかして死ぬの!?  本気でそう思うほど体調が悪化した


病院は行きたくなかったけど、行かざるを得なくなり、私は近所の個人病院に行った


血液検査の結果が出るとすぐ私は大きな病院の紹介状を渡された



紹介先の病院で レントゲン、CT、MRI、エコーetc ありとあらゆる検査をした


大きな病院での検査は予約がイッパイで本当に大変だった


そしてMRIで調べた疑わしい臓器以外のたまたま一緒に写った臓器にも異常があり


結果、大病院で 三つの科に通わなくてはならない状況になった



大病院では 一つの科を行くだけでも 待ち時間がスゴイのに


体調の悪い人間にとって 三つの科を廻るのは 心身ともに大変なことだった


そして 三つの科それぞれで  悪性の可能性を言われた


つまり 三箇所のガン告知!?



正直、ガン告知って 本人に気付かれないよう


コッソリと家族を呼んで  まず家族に話すものだと思っていたんだけど


レントゲンなどを見ながら本人の前で


「 あれ、これガンちゃうんか~ 」 ドクター ボソっとつぶやきます ←おもいっきり本人に聞こえてる


ドクターにとっては日常茶飯事のことでしょうが、こちらにとっては生死、人生がかかっています


それを聞いて突然 泣き出した私にビックリした先生もいました


あの時のことや検査でのハプニングを書くと 今は笑い話ですが、長くなるので またの機会に・・・



様々な検査の結果、私の悪い所は二箇所で、 その二ヶ所を同時に 手術することになりました


            ( ちなみに友達には申し訳なかったけど 海外旅行キャンセルしました )


本当は 二箇所同時手術ではなく、別々に手術した方が良かったのですが


2回入院するのも、2回 麻酔するのも、2回 緊張の日々を過ごすのも イヤだったから


「 通常の手術より二倍ほどしんどいかもしれないよ 」 と言われたけど


その言葉を無視して 私は同時に二ヶ所 手術することを選びました


違う科のドクターが入れ替わりで手術だったので、科の兼ね合いなど 色々大変だったと思います


 ( ちなみに 海外旅行の出発日が手術日になりました、楽しい旅が手術に…人生って分かりません )


人って 死がすぐそこに迫っていないと 自分の死に対して真剣に見つめ向き合えないのかな


入院が決まって それまでの期間


私は今まで生きてきた人生の中で 一番死について考えた期間でもありました




その時(30代半ば)の私が思ったこと、、、、私って 何も残していないな ・・・ということでした


そして、自分は まだまだヒヨッコだったことを 痛感しました



こんな時、独女って生き物はツライです


旦那さまも子供もいない、彼氏もいない私は、この世界で私は誰にも必要とされていないように感じ


病気が分かってから いつも以上に毎日がひどく淋しかったです


この世界に何も残せていない私は、とりあえず自分の好きな曲を1枚のCDにまとめ


そのCDのジャケットのイラストを自分で描きました


短い期間にできることは そんなことくらいでした


慣れないパソコンで 毎晩 遅くまで CD作りの作業をして 親によく怒られました


そうして完成したCDを 入院前に 親しかった人たちに配りました


CDジャケットのタイトル部分には CDをもらってくれる人の名前も入れ込み仕上げました


手術することは ごくごく親しい数名の友人にしか告げていなかったので


突然 名前入りCDをもらった人たちは 不思議顔でした(笑



手術当日、車椅子で手術室に運ばれました


手術台に寝たとき、真上の天井にはテレビの医療ドラマでよく見かけるライトがありました


こんな ドラマみたいなことが現実に しかも私の身に本当に起こっているのか


不思議でならなかった、まるで他人事のようでした



「通常の手術より二倍ほどしんどいかもしれないよ」


・・・と言われただけあって、手術後の麻酔がとれた時は、これまで体験したことない猛烈な痛みでした


私は痛みにはかなり強い人間だと思っていたけど、とても耐えられそうにない苦しみでした


子供の頃、盲腸の手術の時にされた脊髄注射も痛かったけど、そんなの比にならなかった



ドラマでよく死にかけの人が 息も絶え絶えに遺言やお礼を言うシーンがあるけど


麻酔あけですらあまりの苦しみに唸ることすら出来ず、 言葉を発するなんてこと無理!


だから 死にかけの人間が 遺言やお礼の言葉を述べるなんて絶対に有り得ないと思いました


 「今 まで、、、あ、、、、、あと・・・ 」 ガクン ←絶対にないです!ヾ(´д`;  ドラマは虚像です!



ただ この麻酔あけの激痛の中で 気付いた事があります


身体は唸り声を出すのすら苦しい状態なのに


  「えー!なにこの痛み!信じられへん!ありえへん~!大丈夫なん私?どうなるん私~!?」


心は 冷静で むしろ客観視して この状態を観察していました


心 身体  この三つは繋がっているけど


まったく切り離された別のものでもあるということを このとき強く感じました



麻酔あけの苦しみが去ったあと、私は しばらく寝たきり状態で日々を過ごしました


この期間、寝たきり老人や病気の人の歯がゆさや辛さを 痛いほど体験できました


思考はシッカリしているのに 介助なしではなに一つできない動かぬ身体


身体のしんどさより お世話してくれる人への申し訳ない気持ちがイッパイで辛かったです



術後は 大変ツライ状況でしたが 私にとって良いこともありました


身体に痛みやダルさがあるので、神経は常にそこに集中していて


いつもみたいに考える思考能力がまったく働かなかったのです


なので、悩み事を考える余裕が一切なく、身体は苦しいけど 心は穏やかでいられました


あの 心に刺さった言葉を思い出すこともありませんでした


あの言葉をこんなにも長い期間 思い返さなかったことは 言われて以来、初めてのことでした


身体は非常に辛いけど、心穏やかに過ごせた期間でした


それから


身体が回復するにつれ、色々と考えられるようになってきました


身体は辛いけど、何も考えられない時の方が 生きることが楽だったように思えました


人間って 身体の痛みより 心の痛みの方が突き刺さっていることがあることも 身を持って体験できました



重い病気や痛みがある時、生命の危機に面している時、人は悩みごとなんて考えられないということ


つまり、悩み事を考えられる状態とは ある意味 幸せな状態でもあるということにも気づきました




多分、この時 私がなった病気は


感情にフタをし続けた結果、心が限界に達したために引き起こされた病気でもあったと思います


そして 手術後の痛みは 心にとってブレイクタイムになりました


もしかして 入院・手術していなかったら、身体は勿論、精神もヤバくなっていたのでは と思います


甘え下手で我慢強いって・・・自分に優しくないことなんだと心底痛感した出来事でした


人生に無駄なことは起こらないし、全ての出来事は私が学ぶために必要なことだったんだと思いました


病気のお陰で 大きな気付きが沢山ありました (失ったものも大きいかもしれませんが)


大病によって人生が大きく変わった人の気持ちもよく分かります


もちろん、人間すぐに変われるわけはないので


体力が回復するごとに 色々グチグチジメジメ悩み事を考え始めれるようになって


相変わらずの私で 身体に痛みがあったときを懐かしく思うこともありました・・・



ちなみに私、ガンじゃありませんでした!ヽ(`ε´)ノ 医者め~むかっ


すい臓ガンと言われた時は その場で号泣でした


家に帰ってネットで調べたら、、、、


   すい臓ガンは無言の臓器と言われ 発見されたときは すでに手遅れのことが多い


・・・とか書いてるし~(再び号泣)、サラっと言える医者に あの時は 怒りではなく哀しみを感じたよ~涙



そして 手術で 悪いとこ2箇所とって、かなり肉体的バランスを崩してしまったのか


退院してからも体調不良は続き、毎年 夏が辛くて辛くてなりませんでしたが


最近やっと 楽になってきました♪


私、盲腸もとってるし、一度も手術したことない人に比べたら 結構 臓器ないけど (笑


人間って 案外 頑丈な生き物です! 簡単には死にません!


ビバ☆長寿大国日本!



このことを文章にも書けるようにもなったし、あの時は悲痛だったことも 今では 全ッ然 笑い話なので


まったく心配しないでくださいね~♪(。・ε・。)b




ただ 「死」 ってその瞬間より


死に対する人間の恐れの想像の方が上回っていることもあるように思います


つまり 身体の激痛や死より 辛くて苦しいことが 「生」の中にもシッカリあるということ




生 → 今 → 死


生を受けた瞬間から 死に向かっている・・・


生き物にとって死とは 人生でたった一度だけ一番最後に体験するものだから


想像が上手くできないし とっても怖く感じるけど


「死」って そんなに怖がらなくても大丈夫なものかも・・・と時々思います



私がまら幼い頃、 家の裏庭にいる時に ふっと突然こんなことを思ったことがあるんです


   「 あ! 私 今まで何回も死んでいる 」 


その時、 死の瞬間の印象も ふっと蘇ってきたんだけど


すご~く穏やかな気分だったの


それに「死」は 生きている者すべて100%が体験することで 自分一人だけじゃない


私自身、今生の死をまだ未体験なので 怖いと思うこともあるけど


恐怖にどんどん力を与えてしまうこともできるほど 人間の想像力って凄くって


ぬもの(未来)の不安は描かないようにすることで人生は生きやすく心は軽くなります


先日、アゴ散歩の時、ふと 死についての恐怖のことが ドドド ドーっときたので


書いた方がいいような気がして書いてみました


はじめはアメンバ記事にしようかと思っていたのですが


人の数だけ 人生も 生き方も 死に方も 考え方もある


だから あくまでこれは私個人のいち考えで 当然すべての人に当てはまることでも


正しいというものでもないので そういう考え方もあるのね~くらいに思って読んでもらえると有り難いです




短文でまとめるつもりが 相変わらず長い文になってしまいました(笑


しかも 仕事中、コソコソ♪エヘ♬  ヾ(´д`;) お願い あなた仕事してぇ~




思いつくまま感情のままに書いているので 読みづらい箇所も多々あったと思います


でも 最後まで読んでくれた方、いつも本当にありがとうございますらぶ





   ・・・以上が下書きしたままになっていた記事です


人の数だけ人生も考え方もあります、 正しさ、間違いの判断も  持ってるモノサシも人それぞれです

 

   同じ人間でも その日の体調や気分によって、 月日の流れによっても 考えは変わります


        こんな考え方もあるんだな~って感じで読んでもらえたなら有り難いです