ありがとう阿武隈急行、全線再開の喜び | 蒼きこだまのシルエット

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蒼柳こだまの写真日記やちょっとした日常所感、鉄道・交通の話など。
写真は保存車両をはじめとした鉄道写真や風景・スナップがメインです。
つまらんものですが、よろしくお願いいたします。

新年のご挨拶、写真趣味の事実上休止宣言から1ヶ月。いかがお過ごしでしょうか。行事柄としてはデパートの地下が揺れる頃らしいですが、私には家族以外そんなご縁もなく。…わかるかな、この比喩。
それはさておき、撮影自粛中に細々と過去写真の清算…もとい、現像を進めています。当ブログの主軸なはずの写真記もいい加減書きたいなあと思い、それを1つの目標にしていました。というわけで、今回は東北2度目の鉄道撮影記をお送りいたします。時は2020年10月、宮城と福島を結ぶローカル線が完全復活した日のことです。

この日も仙台駅からスタートし、槻木駅でお目当ての路線にお乗り換え。

出迎えてくれたのは、予想に反して全身青色の車両。聞けば、ご当地アニメ『政宗ダテニクル』とのタイアップだとか。思わぬところでこうした企画と出会い、少々拍子抜けしました。

正面には、全線再開を知らせるヘッドマーク。「ありがとう」の5文字が目立ちますが、決してマイナスの意味は持ちません。そこに込められたのは、復旧のときまで背中を押し、待ち続けた沿線への感謝の気持ち。

記念きっぷを片手に、元・不通区間の片端へ向かいます。

丸森駅構内。再開の瞬間を見届けに来た人たちでいっぱい。賑やかしな愛好家と思しき姿はあまり見当たらず。でも、それくらいがいい雰囲気かもしれません。

時刻表。"2020年10月31日現在"の表記と、梁川・富野の2文字が、線路がつながったことを実感させます。

外には来賓や関係者の姿も。

お手製のカカシの姿もありました。一番右はご存知アマビエ様。込められる思いはどこも同じなのでしょう。奥では式典の準備が勧められていました。

多くの人の歓迎を受けつつ、富野行きの一番列車が到着。

社長の挨拶、来賓の方の紹介と挨拶…と、続いていきます。このような式典で地味に捉えられがちなシーンですが、個人的には好きな一面です。鉄道会社と沿線の方々が、「手を取り合い、力を合わせ」ながら、この鉄路と街を支えている。そんな構図が見られるからです。鉄道あっての沿線であると同時に、沿線あっての鉄道…と、つくづく。

観衆がじっと見守っている姿が、それをさらに印象づけます。
ほかにも、大人の学び舎「熱中小学校」丸森分校の生徒で鍛鉄家の、加成幸男さん制作のベンチの贈呈が行なわれるなど、暖かい雰囲気で式典が進みました。

地元の和太鼓集団「旅太鼓」さんの演奏も。

リゾートみのりラストラン紀行のときにも感じましたが、太鼓の演奏は本当に力強いです。こうした地域や式典でよく起用されるのも頷けます。

そして、いざ出発!!…ではありません。こちらは槻木行き、というフェイントです。先の写真を見てわかる通り、富野行きはホームの奥。でも、みんながカメラを向けているように、この方が絵になりますね。ヘッドマークと、雲ひとつない青空もアクセントを加えてくれています。

それからほどなくしてテープカット。阿武隈急行丸森〜富野間の歴史が再び動き出した証です。
そして…、

多くの人と、多くの希望と期待を乗せ、駅員に見送られながら、一番列車は富野へ走り出していきました。

以上、3ヶ月半遅れですが、全線再開を迎えた阿武隈急行丸森駅の様子でした。
外出を極力控えることが求められるご時世、普段から人々の足として機能してきた公共交通機関は利用者減により苦境を強いられています。場所によっては今後の存廃に関わるほどまで追い詰められているとも聞きます。そんななか、この話題は数少ない明るいニュースになったことに違いありません。あのヘッドマークの5文字も、近年見られるものとは全く違った意味を持っています。

その後の阿武隈急行来たる3月のダイヤ改正でかつての不通区間の本数を回復。さらには輸送障害に強いダイヤを構築しつつ、新幹線や東北線との接続を改善するなど、より利用しやすい路線を目指す姿勢が表れています。国庫補助事業により導入された新型車両を仙台直通列車に積極的に起用していることも、その証かもしれません。
地域に愛され、それに応えようとする鉄道。こうした光景が少しでも増えることを願って止みません。

この日の撮影記はもう少し続きますが、キリがいいので次回に持ち越します。(2021.02.23追記:続編はこちら)


それでは今回はこのへんで…。