レキジョになる
うわっ
エリザベスもうっ 絶対レキジョになる
レキジョ=歴女、つまり歴史好きな女性のこと
なんですいよいよ私の時代か・・・
今、時代を先駆ける女性達に、歴史ブーム
が到来しているみたいうふっ
水戸黄門
~副将軍徳川光圀 霞ヶ浦を行く~
行方市の大塲(おおば)家へ
もうっ
初めて来ました
うれしい
ここは、代々水戸藩の大山守を務めた旧家
なんて 素敵なの
なめがたの誉れ
江戸時代歴代にわたり水戸藩の「大山守」を勤めた家柄であり,時には庄屋や御留川の川守も兼帯していた名門
この住宅は,水戸徳川家初代藩主徳川頼房が領内巡視のおり,宿舎兼水戸藩南部の藩政事務所として,寛永(1629~41年)年間に建てられたものとされ,武家屋敷造りで御殿とも呼ばれた
寛永5年(1628)6月10日、頼房の第3子として水戸城下の家臣屋敷で誕生したのが、2代藩主となった後の黄門さまこと徳川光圀であった
人生楽ありゃ苦もあるさ
うふっ
大好き
黄門様
水戸黄門は茨城の大スター
光圀の小青年期は、自由奔放な生活をしていたようであるが、正保2年(1645)18歳で司馬遷『史記』伯夷伝を読み感奮したのが転機となって、私たちのよく知る仁政といわれる領国経営を行うようになったのです
光圀は、社寺改革・上水道整備・金山開発・殖産興業をはじめ、『大日本史』編纂事業や『快風丸』建造並びに蝦夷地調査等の多くの事業を行っています
行方にも水戸藩領
水戸黄門こと徳川光圀は、隠居後は
太田に居を構え領内を巡検の旅を
水戸黄門のなめがた漫遊記
孝子弥作の像(行方市)
親孝行の姿伝える黄門さま・・・
東福寺に入ると、右手にがっしりとした男
が老いた母をおんぶしている。
二人は笑顔で語り合っているようだ
受け継がれる感謝の心 ココ
弥作は実在の人物だ。江戸時代前期常陸国玉造浜村の貧しい家に生まれ、父を早い時期に失い、母の手で育てられた。十歳のころから働いて生活費を
稼ぎ、病弱な母をいたわった。また、信仰心のあつかった母のために、説法
のある日や縁日には欠かさず背負って寺に連れていったという。
弥作の孝行ぶりは村の評判になり、第二代水戸藩主・光圀の耳にも入った。
光圀は一六七四(延宝二)年、領内巡視の際に同地に立ち寄り、弥作を馬前に呼んで金十両を授けた
きっと大塲家へ宿泊されたのね
藩主の徳川光圀(水戸黄門)、徳川斉昭も宿泊した御殿
大塲家の建築様式は,主屋が萱葺寄棟造りで,役宅部・居室部・相の間の三連から成る規模の大きな住宅である
大場家住宅の表門と通用門(右)
長屋門は,藩主が御成の時と元旦以外は開けないことから「あかずの門」と言われている街道に面し,一段高く置かれた萱葺寄棟造りには風格がある。
居宅・長屋門・薬医門が県指定有形文化財に指定
黄門さまは、元禄3年(1690)に家督を兄の子である嗣子綱篠に譲り、晩年は太田西山荘で『大日本史』編纂事業に打ち込むとともに、領内の巡遊や領民との交流に時間を当てた
大塲家は、光圀が巡見の時に宿泊所としたと言われる。水戸藩に持山を献納した際、光圀から大場家に因んだ地名の改称を受けたり、別に愛用品を下賜された
この いろりのあるお部屋で、ゆったり
大塲家郷士屋敷
今年2月から毎週日曜日(第四日曜日を除く午前9時~正午)に一般公開されています 本当に風情のあるお屋敷です
〒311-3512
茨城県行方市玉造甲4533 ココ
幕末の行方市玉造
~斉昭と慶喜その時代~
第9代水戸藩主徳川斉昭は、第2代の光圀同様、行方の玉造地区と深い関わりを持っている。就藩の際には玉造地区に訪れ、湖上での軍事演習をするとともに、大場家に宿を取り和歌を詠んでいます
全国から観梅客が集まる偕楽園
日本3名園の一つ。水戸藩9代藩主徳川斉昭が創設しました
水戸藩開藩四百年うわっ
大山守 大場伊三郎 氏
水戸藩の穀倉地帯であり、江戸水戸屋敷物資の供給地としても拠点であった玉造は、社会経済面ばかりでなく教育文化や政治的にも重要な地域であった。玉造地方の多くの民衆が不透明な日本の変革期に身をあずけていた
幕末の水戸藩抗争の天狗派の軍事訓練所となった玉造郷校「文武館」戦国時代の玉造城の落城を経て江戸時代には水戸藩となった玉造地方の人々の暮らしと心を見続けてきた大山守大場家一門の庭
大塲 惣介政信 氏(文化?年~ 明治25年)

大場家は,江戸時代「水戸藩」に仕え「郷奉行兼大山守」を勤めて以来代々,大山守兼勧農役を勤めていた。第11代惣介政信は,天保元年19才で大山守兼勧農役で濱村庄屋を兼務している。用水路の建設や,農地開拓の指導者,学校の建設等水戸藩南部の藩政を担っていた。1833年,台風災害で苦しむ人々のために,自分の持っていた食料や,自分の土地を売って手に入れた食料を地域の人々に分け与えたという
現代の第17代当主 大場正二氏ココ
とても 温かく お客様をお迎えしています
大塲家 玄関の間です
どれほどの 歴史的人物が、ここに
現れているのでしょう わくわく
なめがたの歴史の舞台
大塲家
ブラボー
水戸藩の精神は今も息づいています
水戸藩領内を旅した水戸黄門