日時: 2024年4月17日(水) 14:00より
場所: 東京文化会館
指揮: リッカルド・ムーティ
演奏: 東京春祭オーケストラ
合唱: 東京オペラシンガーズ
アイーダ:マリア・ホセ・シーリ
ラダメス:ルチアーノ・ガンチ
アムネリス:ユリア・マトーチュキナ
アモナズロ:セルバン・ヴァシレ
ランフィス:ヴィットリオ・デ・カンポ
エジプト国王:片山将司
伝令:石井基幾
巫女:中畑有美子
ムーティ指揮するオーケストラは、切れ味鋭く研ぎ澄まされて、精緻で濃密重厚、ドラマチックに雄弁に奏でています。
緩急自在に、最弱音から最強音までよく統制され、歌心に溢れています。
心情心理の深い表現と情景描写が素晴らしく、終始緊張感に満ちた見事な演奏に、惹き込まれます。
ムーティは、室内楽的要素を意識して、このオペラの演奏をしているとのこと。
ムーティは御年82歳、以前よりも動きは少ないものの、姿勢をスッと伸ばして、凛々しい棒捌きで、演奏者と歌手達を完全にコントールしています。
演奏会形式では、歌手達は指揮台を挟み、横一列に並んで最前列で歌うことが多いですが、
今回は指揮台の内側に入り、ムーティの目の前で二列に並んで、全員が譜面を見ながら歌う配置。
(一列目はアイーダ、アムネリス、ラダメス、アモナズロ。
二列目はランフィス、エジプト王、伝令。巫女は舞台下手にて。
歌う時以外は、椅子に座っています。)
これは、ムーティ様のムーティ様による公演なのだと、改めて実感するのです。
ムーティが、自らが学び経験したイタリア・オペラの美と伝統を、後進に伝授する使命をもって、情熱を注いでいる企画公演。
全国のオーケストラ・メンバーを中心に、国内外で活躍する日本の若手演奏家によって構成された、特別編成のオーケストラ。
その一人一人が、巨匠ムーティの意図に従い、忠実に懸命に演奏しようとする、その下で演奏することを喜びとしている若き精鋭たち。
その気迫と気概、そして緊張感が、客席にも伝わります。
コンサートマスターはN響の郷古さん。
しなやかな弦楽器、木管楽器・金管楽器・打楽器、それぞれに充実した活躍ぶり。
第三幕冒頭でのアイーダに寄り添う哀愁を帯びたオーボエ・ソロとフルート・ソロが秀逸で印象的。
終演後、ムーティは握手をして二人を称えています。
オペラ舞台では、「凱旋行進曲」やバレエは、豪華絢爛なスペクタクルに富んだ演出に目を奪われがちですが、
演奏会形式では音楽そのものに全集中、視覚的にも、立体感ある音楽を堪能できるのが好い。
アイーダ・トランペットは、左右両側に4本ずつ。
第二幕が名高く注目されますが、私は特に、第三幕と第四幕の音楽が好き。
第三幕、演奏会形式であっても、異国情緒たっぷり、古代エジプトのナイル湖畔の情景が思い浮かび、その空気を感じられます。
第四幕の第一場と第二場では、王女ですら為す術もない宗教的権力、個人的感情・愛との対比が、色濃く描かれています。
そして、アイーダとラダメスの繊細で精緻な二重唱、静謐感が深く心に沁みます。
アムネリス役のユリア・マトーチュキナは、凛としてクール、深く瑞々しい艶のある美声、主役を喰うほどの圧巻の歌唱力と表現力です。
一途な思いを抱くプライドの高い王女様、その佇まいは存在感たっぷり。
第四幕第一場、ラダメスとの二重唱から"神への祈り"と"懇願"は、緊迫感に満ちて、息もつけぬほど素晴らしい。
幕切れの「あなたの上に平安がありますように」は、主役二人の"天上の音楽"に勝るとも劣らずに、深く心に刻み込まれます。
アムネリスの激しい嫉妬心、それによって愛する人を死に追い詰めた深い悔恨、痛々しいほどの哀しみ、苦悩と絶望、迫真のパフォーマンスでその心情に涙します。
来世で結ばれると信じて死の法悦に浸り、愛の喜びを賛美する恋人達よりも、独り取り残される運命の方が、より一層辛いかもしれません。
昨年の『仮面舞踏会』でのウルリカ役の歌手。
当時、深く潤いのある美声で、スケールが大きく凄みたっぷり、存在感のある抜群の歌唱力・表現力…と書いていましたが、
格段に成長してパワーアップした様子、見事です。
今後、ますます活躍していくことでしょう。
ラダメス役のルチアーノ・ガンチは、柔らかく伸びやかで、きれいな声質、抒情性と気品のある充実した歌唱力・表現力です。
序盤はやや不安定だったものの、徐々に調子を上げ、第三幕以降は力強さも感じさせます。
アイーダ役のマリア・ホセ・シーリは、やや精彩を欠いた歌唱、潤いに欠ける少々くすんだ声で、声が飛ばない、通らない。
本来、もっと歌える歌手のはず、本調子ではないのが残念です。
(実演は初めて。顔と名前は知っているので、映像で見たのでしょうか…記憶が…(^^;;)
後半、第三幕での「おお、私の故郷よ」、父アモナズロとの二重唱「薫る森林を、爽やかな谷間を」、そしてラダメスとの二重唱、
第四幕でのラダメスとの二重唱「さようなら、大地、涙の谷よ」では、漸く声も温まり、情感のこもった表現力でカバーしつつ、それなりに聴かせます。
ランフィス役のヴィットリオ・デ・カンポは、深くシャープで重厚な低音美声、凄味と貫禄、威圧感のある見事な歌唱です。
アモナズロ役のセルバン・ヴァシレは、エチオピア王としての威厳のある佇まい、アイーダに祖国への忠義を迫る二重唱など、手強く手堅い歌唱です。
巫女役の中畑有美子さん、美しく神秘的に響く歌声で好演。
エジプト国王役の片山将司さん、伝令役の石井基幾さん、共に手堅い歌唱で好演しています。
合唱は、いつもながらよく統制され、細やかなニュアンスとスケールの大きさ・力強さがあり、見事です。
マリア・ホセ・シーリは、グリーンのドレス。
ユリア・マトーチュキナは、第一幕と第二幕は黒のドレス。
第三・四幕ではお召替えしたかと最初は思いましたが、もともとの黒のドレスに濃いブルー系のマント(!?)(片袖でスカート部分はあり・前1/3は開いている)を重ねたのかな…。
(写真は公式Xより)
平日のマチネながら、ほぼ満席です。
二回(複数回)公演がある際は、より完成すると思われる二日目(後半回)を聴くようにしているのですが、生憎その日程には予定があり、一日目のチケットを購入。
二回目は更に磨かれた演奏になることでしょう。
う~ん、行きたかった。
東京春祭オーケストラのメンバーがTwitter(まだ"X"とは呼びたくない…(^^;;)で、本番公演に先立ち、リハーサルやゲネプロの様子や感想を投稿しています。
その中で、N響フルート奏者の梶川真歩さんのポストが印象的。
「…常にモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンのように、弱音は心の底からと仰るムーティ先生の音楽は脱パフォーマンス主義ですが物凄い表現の引き出しと振れ幅…」
とのこと。
この東京春祭オーケストラは、本当に頼もしい!!
2024年秋、リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」が開催予定。
演目はヴェルディの『アッティラ』とのこと。
マイナー・オペラで未見、楽しみです!!
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東京・春・音楽祭実行委員長である鈴木幸一氏とムーティとのによる対談が面白く、読み応えがあります。
(ムーティの言葉を一部引用)
東京春祭は20周年を迎えましたが、今、世界中が大変悲劇的な状態にあると言っても過言ではないと思います。簡単に悲劇的と言いますが、これは私たちにとって明日をも知れないというぐらい本当に切羽詰まった状況にあります。現代はハーモニー、つまり調和がどの世界においても必要な時だと考えます。
そういう意味で申しますと、音楽はハーモニーが重要です。人間の気持ちの奥深いところに触れることができるのは、やはり音楽のハーモニーなのだと思います。ハーモニーは社会の調和にも必要ですし、社会の調和を助けてくれてものでもあります。
イタリア語で「美」という意味の「bellezza」、私はこのbを大文字にして「Bellezza」と強調したいほど、音楽は私たちを美しい調和へ導いてくれると私は信じています。誰もがこの調和を持つということが大事だと思います。
厳密なものがベースにあって、調和は生まれるのだと思います。この世の中の全ては調和で成り立っています。それがなかったら大惨事が起きます。
古代ローマ時代の南イタリアの詩人、ホラティウスの良い言葉があります。…
「Nihil sine magnō vīta labōre dedit mortālibus.」
(※人生は、人間に大いなる苦労なしには何も与えない)
何かをやろうと一生懸命努力した者でない限り、何も与えられない。大きな仕事に対して自分がこれをやるのだという意思がない限りは、人生に何も与えられない 。
劇場にやって来るお客様はただ美しい音を聴くためじゃない、魂のこもった音を求めているのだと。
《アイーダ》というと100頭もの象が登場したり、200人ものエキストラが出たりする壮大な見世物のように捉えている人が多いと思うのですね。第2幕の「凱旋の場」が最高だと思っている人が多いと思いますが、なぜ「凱旋の場」が作られたかというと、それはスエズ運河が開通したことへのお祝いの気持ちもあったからでしょう。ですが、この作品は室内楽の要素が強いオペラです。オーケストラも重厚というよりも、モーツァルトやシューベルトに近い。「凱旋の場」を除けば、2人か3人の対話で成り立っている作品なんですよね。ヴェルディの中でも特に洗練された作品と言っていいと思います。
以前この作品をピラミッドのそばで上演しようという話がありましたが、私は大きな間違いだと思います。ヴェルディは一度もエジプトへ行ったことがありません。《アイーダ》で描かれているのは、二つの民族の違い、二つの文明の違い、二つの文化の違い。アイーダはエチオピア人で、アムネリスはエジプト人です。2人の間で愛をめぐって敵対する心、ライバル意識とでも言いましょうか、これはとても内面的な作品なのです。
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