平成25年6月15日に体調を崩して病院へ。 
ただの風邪だと思っていったら、すぐに入院することになった。
なんの病気かわからんくて、いろんな検査して、わかったことはもうなおらない難病。
結節性多発動脈炎。
全身の血管が自分の免疫に攻撃されて
炎症を起こす病気。
自己免疫疾患とも、いうそう。

トータル3ヶ月入院治療して
いろいろあった。
しんどい治療もあった。ICU も入った。
もう何回も死ぬと思った。
だけど、それをのりこえて
いまの僕がいる。
治療終了後、無事退院して
もう、あの悪夢から二年たった。
再発なんてあり得ないと思ったし、
なにより元気だったから。
治療のしんどさも薬のことも
ほとんど忘れかけてたのに。

2015.12月の頭に
悪夢は突然に。
それが右足の不調。
整形外科でみてもらってもなにも悪くないのに痛くて歩けない。
痛みがしびれに変わって、足もつる回数がふえる。
微熱が続き体がだるかった。
風邪もひいて、扁桃炎になった。
すこし、時間はかかったけど治った。
だけど、足の痛みはとれない。

そうして、迎えた12月26日。 再発。

その一言に俺はどん底におとされた気分。
辛すぎて、どーしよかとおもった。
せっかく、仕事も決まってあと何日かですべてがうまくいくはずで。
やっと、彼女や子供のためにちからになれると思ったのに。
彼女のささえになれるようにがんばろうって思ってたのに。
その言葉を聞いただけで
いろんな思いが頭のなかを
かけめぐって。
自分がすごく心おれそうになった。
彼女や子供のこと思えば辛さと後悔しかなかった。
でも、僕の彼女は違った。
「病気の僕より、なよなよしてるしょーちゃんが一番いやだ!」と。
その瞬間ほんとに心が救われた。
なによりも安心できた。
その時、僕はこの子を選んでよかったって
思えました。

そして、12.28日。
日医科大へ
彼女とお母さんと子供といきました。
専門の先生だけにすごくいろいろみてくれて、ありがたかった。
でも、病気の進行は思った以上で、薬がふえてるからとりあえず様子見。
進行状況の確認と資料の取り寄せや、今後の治療方針のために一週間後に来てくれとのこと。
先生から言われた選択肢。
進行が止まらないと、入院しての治療。
もしくは、薬を増やして自宅での療養。
先生が仕事が決まってる僕にとってつらい状況を踏まえての二つ目の選択肢がでてきた。
この選択肢を十日後に進行次第で決めなければならない。
彼女に負担をかけたくない。
子供にさみしい思いをさせたくない。
そして、子供が欲しい僕ら二人にとって
僕の卵子がとれない可能性が高いこと。
そして、症状が落ち着くまでFTM治療がだめになったこと。
いろんな問題が一気に起きて。
考えること多すぎて、気持ちももやもやで。
回りの人たちは入院してしっかり直せと言うけれど、心はまだ複雑。
でも、出来ることをしたい。
こんなことで、また彼女を失望させたくないし、何が一番いいのかをしっかり考えたい。

今、再発して思ったことがある。
もし、今一緒にいる人が彼女じゃなかったら。
もし、今子供がいなかったら。
もし、お母さんや彼女たちが理解してくれない人たちだったら。

間違いなく、僕はここにいないし
やけくそになってむちゃくちゃしていただろう。
僕のことを受け入れてくれた彼女や子供、お母さんたちに本当に感謝したい。

だめでどうしょうもない僕のそばにいてくれることに感謝したい。

本当にありがとう。

これから先なにがあるかはわからない。
それは生きている限りみんなそう。
だけど、もし、自分が答えが出たら。
今ならどんな辛い治療でもやりきるだろう。
なぜ?
それは僕に大事な家族がいるから。


みなさん!
いつもいいね!ありがとございますニヤリ
すこし、重苦しい話になりましたが、
最後まで読んでくれてありがとございますガチャピン
人生いろいろありますが、
少しずつ解決していい方向に進めるように頑張りますリラックマ
これからも、よろしくお願いいたします照れ