池井昌樹『理科系の路地まで』(10) | 詩はどこにあるか

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池井昌樹『理科系の路地まで』(10)(思潮社、1977年10月14日発行)

 「ももいろの昼幻想」のつづき。

……うぐいすもち……さくらもち……
頽廃してひっそりとするはなさかじいさん
わ ら っ た ま ん ま

ねむっている ねむっている 昼の日中に
くだものやらおいりやら
あられやらまめがしやらはくせこやら
いろいろな 新しくぼけた匂いを孕んで
真黄になって縞靄になる埃の奥底

 ひらがなと漢字の交錯が、ひらがなを、いっそうひらがなっぽくする。言いかえると、「音」(あるいは声)にしてしまう。
 「くだものやらおいりやら」には、まだ「意味」がある。「やら」がくだものとおいりを区別している。しかし、そのあと「あられやらまめがしやらはくせこやら」とつづくと「やら」は単なる「音」になる。音が溶け合って、そこから、まったく違うものが飛び出してくる。新しい音になって。

かんらら ころんろ
右大臣のくびが 生きて来る
むっしむっしと 消え去ってゆく
あかるい桃李の記憶にぬれしょぼくれて
にっとりと 汗をかいている
……うぐいすもち……さくらもち……

 そこには「現実」はない。「夢」が現実なのである。池井のことばで言いなおせば「幻想」が「事実」なのである。

ひなの日の 昼の気配は
はらりとこわれるうぐいすの羽根
遠い昔の DDTの固まりが
背中のむこうではらりとこわれる……

 最後の「背中」はだれの背中だろう。私は池井の背中と読む。そうすると、しかし、池井は、そこで起きていることを「見ていない」。たぶん、これが重要なのである。池井は、いわゆる「目」では見ない。全身で「見る」。「気配」を「見る」。「はらりとこわれる」のを目に頼らず「全身」で見る/つかむ。そして、そのとき「見る/つかむ」のは「こわれる」という動詞(運動)というよりも「はらり」という「壊れ方」の方だろう。だれでも何かが「こわれる」のを見ることはできる。つかむことはできる。しかし、そのとき、それを支配しているのが「はらり」であるとつかみとり、それをことばにすることができるひとは少ない。
 そして、この「はらり」は、けっして漢字にはならない。
 漢字は中国からつたわってきて、私たちの文化をしっかりとささえている。しかし、漢字がつたわってくる前から私たち日本人はことばを話していただろう。声を出していただろう。池井の「ひらがな」には、漢字(あるいは外国の文化)に影響される前の「感覚」が動いている。

 「病気の日」は「ももいろの昼幻想」のつづき、というか、別バージョン。

ぼんぼりの湯気のあるような春の室は
まだ胎内で固まりきらない
薄いないろんのような膜のたまごが
いっぱいにふくらみながらひしめいている

 「ひらがな」は「固まりきらない」。漢字は、意味に固まる。収斂する。池井は、ここでは「ないろん」とカタカナを拒否してひらがなをつかっている。固まらないものは、ふくらむ。「におい」もふくらむもののひとつかもしれない。
 最終連では、こんなふうにことばは動く。

ぼんぼりの湯気のあるような春の室では
やわらかい うっとうしい
みかんやちり紙の匂いにふくれた
まっ黄色のほこりが
ゆっくりと
さわぎもせずに くだっている……

 「匂いにふくれた」は「においがふくれた」と交錯するだろう。「くだっている」は上から下へ「こわれる」であり、ここにも書かれてはいないが「はらり」という軽い動きがあるだろう。





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