大岡昇平は「正確」をめざす。「正確」とは「事実」ということでもあるが、それでは「正確」の反対は何か。もちろん「間違い」である。その「間違い」ということばを、「西矢隊奮戦」のなかで、こうつかっている。
人間が三十秒しか眺め得ない映像について、読者に数分の注意力を強いるのは間違いではあるまいか。
最初に広場を通りすぎたとき、においには気がついたが、そこに死体が重なり合っていることには気づかなかった。そのことを、
私がこの大きな映像を逸したのは、それが私の既知の映像の何者とも似ていなかったため、また目が専ら敵を見出すのに忙しかったためであろう。
と書いたあとに、先の文章が出てくるのだが、これを読んだとき私は、「正確」の同義語として「考える」に思い当たるのである。
ひとはいつでも「間違える」。それは、そこに死体があるのに死体がないと「間違える」ことにもあらわれている。「間違える」のには理由がある。その理由を、大岡は、ここでは「私の既知の映像の何者とも似ていなかったため、また目が専ら敵を見出すのに忙しかったため」と推測している。それは、しかし、ほんとうに「正確」か。「正しい」か。「間違っていない」か。つまり、それは「事実」か。
これは、わからない。
しかし、「考える」という行為のなかに「正確」にちかづこうとする「意思」がある。その「意思」こそが「正しい」ものだろう。
「事実」と「正確」を考えるとき、「出征」の最後の一行も、非常に重い。船で日本を離れる。九州の山はしだいにかすんでいく。最後になるかもしれない島が大きく見える。このとき、
私には何か感慨があったかどうか、わからなかった。しかしその時の私の中の感情は、私が出征によって、祖国の外へ、死に向かって積み出されていくという事実を蔽うに足りない、と私は感じた。
「意思」ではなく「感情」ということばと向き合わせて大岡は考えているのだが。
そして、その「考える」行為のなかで、「しかしその時」以降の一文に「私」ということばが三回も出てくる。何度も繰りかえさなければ「私」が消えてしまうのかもしれない。それを「消えさせない」ために、繰り返し「私」を呼び出している。
「考える」とは、何度も何度も「私」を呼び出して、「事実」に近づくことである。「事実」を「私」が「蔽いつくしたとき」、それは「正確」と呼べるのかもしれない。
「正確」は、まず、自分にとって(大岡にとって)「正確」であるということである。「他人(読者)」にとってではない。
こういう、しつこいことばの運動は、やはり「正直」でなければできないだろう、と私は思う。だから、私は「大岡は正直である」と書く。
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