こころは存在するか(54) | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

詩の感想・批評や映画の感想、美術の感想、政治問題などを思いつくままに書いています。

 大岡昇平全集2(筑摩書房)「俘虜記」。

一つのことに対応して、一つの言葉或いは数個の言葉の結合があるということには、何ともいえない美しさがある。

 私は、大岡昇平の書いている文章を、「文脈」を無視して読む。いや、これは正確ではない。最初に読んだときは、たしかに「文脈」に即して読む。しかし、あ、これはいい表現だなと思ったときから、私は「文脈」を離れてしまう。
 大岡が書いていることとは無関係なことに、大岡の文章を結びつけて、なるほど、と思う。
 それは、たとえば、

「待つ」とは生きることではない。

 を読んだ瞬間に、ベケットの「ゴドーを待ちながら」の「待つ」の把握へと飛躍する。エストラゴンとウラジミールはゴドーを「待つ」。そのときふたりは「生きてはいない」。
 そして、不思議なことに、「生きてはいない」のに「いのち」はつづいている。
 こういう不条理に対してさえも、それを不条理とするなら、その「不条理というひとつのことに対応して、たとえば『待つ』という言葉、あるいはそれに『ゴドーを待ちながら』に書かれている複数の言葉の結合があるということは、何とも言えない美しさがある」と言いなおすことができる。「待つ」ということに対して「不条理」という一つのことばを対応させることができ、さらに「待つ」ということに複数のことばを結合させ、そこから「ゴドーを待ちながら」という美しい作品が誕生した、ということができる。
 だれにも届かないことば。少なくとも、ゴドーには届かないことば。そこにある、ことば。それは、たとえば観客に届くか。私に、届いているか。たぶん、いや、けっして「届かない」。そして、それが「届かない」ものであるからこそ、私は、それを美しいと思う。
 言いなおそう。
 大岡のことばは、けっして私には「届かない」。
 私は、大岡のことばに「届きたい」と思って読み返す。しかし、どこまで読み返しても、結局は「届くことはできない」。だからこそ、私は、その不可能性に向かって、ことばを読む。
 「こころ」は存在しない。
 なぜなら、それは「届くことができない」ものだからだ。「届くことができない」もの、手に入れることができないものを「存在する」と想定することは無意味である。存在するのは「こころ」ではなく、「こころ」にはたどりつけない「距離」(隔たり)だけである。そして、「こころ」が存在しないのだから、「無」としての距離があるだけである。ことばは、ときどき(あるいはいつも)、こんなふうに無駄に動く。





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