加藤 治郎#自由律つぶやき | 詩はどこにあるか

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加藤 治郎がフェイスブックで「#自由律つぶやき」を書いている。
「自由律俳句」と主張しているわけではないのだが、「自由律句」として、私は読んでいる。
7月9日の作品は、

地下鉄混んでいる大雨の朝

あ、これいいなあ。
「大雨の朝」の「朝」がいい。
どこまで「特定」するかというのは人の好みだろうけれど、「大雨の日」では見えてくる情景がまったく違う。「大雨の夕方(帰宅時間)」「大雨の夜」とことばを動かしてみると、「朝」がいかに的確かということがわかる。
しかし、その「的確性」を強調していない。それこそ「つぶやき」のように、自然にもれてきたもののように書かれている。
これが、この句を「自由」にしている。おもしろくしている。

フェイスブックには「シェアマーク」がなかったのだが、コピー&ペーストで、強引に「シェア」してしまう。