嵯峨信之『詩集未収録詩篇』を読む(26) | 詩はどこにあるか

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* (何にでも一を加えると一つだけ多くなるというふしぎなおもいは)

だれかが遠ざかっていく背ろ姿に
その人をひとり加えて考える

 付け加えた「ひとり」は「その人」であるというよりも、嵯峨が考えている「その人」である。だから、嵯峨自身を付け加えるということでもある。
 そのとき「ひとつだけ多くなる」のは、どちらだろう。
 「その人」か、嵯峨か。
 「その人」がひとりならば、嵯峨に「一つ」が付け加わったのか、「その人」に嵯峨が付け加わったのか、他人からはわからない。
 だが、あくまでも嵯峨は「その人」に「一つ」が付け加わり、「多くなった」と思いたい。それは「嵯峨自身」を捨てることになるかもしれない。
 「遠ざかる」ではなく、「近づく」の場合は、どうなるだろうか。考えると、ことばが錯乱する。




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詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
オンデマンドで販売しています。100ページ。1500円(送料250円)
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