カンガルウ
遠い遠い 気も遠くなるように遠い
カンガルウの故郷のふしぎな曲がりくねつた木々を その影を
カンガルウは妙な木々に何を習つたのか
カンガルーの奇妙な形と「曲がりくねつた木々」「その影」に結びつけている。この「接続」に妙に引きつけられる。どうして、そういうものが結びつくのか。簡単に想像することはできない。「意味」が見つからない。だからこそ、そこに嵯峨を感じる。嵯峨はほんとうのことを書いている。しかも頭で考えたのではなく、実際にカンガルーを見たときに感じた、その「未整理」をそのままにさらけだしている「ほんとう」を感じる。
「遠い」が繰り返されているが、この「遠い」はインスピレーションと同じように、「遠い」のだけれど、あらわれた瞬間に「最接近」するなにか、「最接近」するどころか、「肉体」をつらぬいてしまう不思議な「距離」をあらわしている。
「習う」という動詞も不思議だ。カンガルーの影が曲がった木の影に似ているとしたら、それはカンガルーが木から何かを「習った」ためなのか。この「習う」も、瞬間的に嵯峨を襲ったことば(インスピレーション)なのだと思う。
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詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
オンデマンドで販売しています。100ページ。1500円(送料250円)
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