水根たみ『幻影の時刻』 | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

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糊付けされたような
夕闇
そのガード下で
急停車する赤いバス
突然
飛び出す
白いネクタイの男
祝辞の言葉を忘れ
曲がりくねった道を
右往左往する
電柱の前で
血色の良い美女と出会う
直立する


 キーワードのあらわれ方には二つある。①そのことばがないと意味が通じないことば。②なくても意味が通じるが、作者が無意識に書いてしまうことば。
 水根の場合は②である。そして、それは「突然」である。
 その一行が登場する前の「急停車する赤いバス」には「急」ということばのなかに「突然」が含まれている。準備して「急停車する」ということはない。「急停車」はいつでも「突然」である。「急停車」ということばに隠れている「突然」、それが隠れきれなくなってあばれているので、それにつられて「突然」が登場してしまった。
 「突然」は、この詩の、どの行にでも補うことができる。
 「突然」糊付けされたような、「突然」祝辞の言葉を忘れ、血色の良い美女と「突然」出会う。
 どういうことも「必然」であるけれど、水根は「必然」を否定し、「突然」を描く。「必然」は散文であるのに対し、「突然」は詩だからである。
 水根にとっては「散文」を否定する「突然」こそが詩なのだ。
 「突然」を言い直したものに「不意(に)」がある。「誕生日」という作品。


不意に
女が顔を そむけた時
時間と時間の隙間から
バラの花が咲いた


 「不意に」は「突然」と書き換えても同じである。
 この詩の最終連。


この時
地球が少し動いた


 ここは「不意に」を補ってもいいし、「突然」を補ってもいい。どちらも同じだ。水根はこの「突然」を強調するために、「時」ということばをつかっている。律儀である。
 そして、この「突然」は、まったく逆のことばとしても書かれることがある。
 「孤独」という作品。


淋 という漢字を
口の中で
噛みくだいていると
雨が降り出した

傘を買った
急に走り出した

いつの間にか
口の中は
忘却の味がした


 一連目には「突然/不意に」雨が降り出したとことばを補うことができる。二連目には「突然/不意に」の代わりに「急停車」のときの「急」が書かれている。そして最終連。「いつの間にか」。これは「知らないうちに」ということであり、そういう意識の奥には「時間の流れ」が「量」として存在するから「突然」とは相反するはずなのだが。

突然
口の中は
忘却の味がした

 こう読んでも、受ける感じは、私には同じに思える。
 「突然/不意に」も「いつの間にか」も「瞬間」なのである。何かが変わる「瞬間」が水根にとっての詩ということになる。









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