吉川伸幸『脳に雨の降る』 | 詩はどこにあるか

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吉川伸幸『脳に雨の降る』(土曜美術社出版販売、2019年03月02日発行)

 吉川伸幸『脳に雨の降る』の「真夜中の段ボール」。

真夜中
蒸し暑い台所の段ボール箱に
キャベツがいた

いつからいたのか
まるまるとした硬いからだも
月日にはたえきれず
無残にもくずれ異臭を放っていた

 一連目の「キャベツがいた」、二連目の「異臭を放っていた」。同じ「いた」ということばがつかわれている。
 「異臭を放っていた」はふつうにつかう。しかし「キャベツがいた」とはふつうはいわない。ふつうは「キャベツがあった」。でも吉川は「キャベツがいた」と書く。そうすると、その瞬間から「キャベツ」は人間か生き物のように思えてくる。人間を擬人化したもの、キャベツを擬人化して語ろうとする「意志」が見えてくる。
 「擬人化」を受けて、二連目には「からだ」ということばつかわれる。そのあとに「放っていた」とことばがつづくとき、それは「現象」というよりも、「意志」になる。異臭が自然に生じたのではない。意図して異臭放っているのだ。「擬人化」は、「放っていた」の「いた」に引き継がれている。

キャベツの下には茄子や玉ねぎなどもいて
足首やお尻や髪の毛やらをのぞかせている
さらに下にはトレイらしきものが見てとれるだろう
鳥肉か魚かは知らぬが
黄ばんだ汁の中を線虫の類がうごめいているのはあきらか
箱をかさこそとひっかく音もする
たたくと応えるように
複数のかそかそが軽快に走りまわる

 擬人化は、茄子、玉ねぎに引き継がれていく。そして「足首」「お尻」「髪の毛」とことばにされると、もうそこには野菜は存在しなくなる。かわりに「人間」が姿をあらわしてくる。
 見すてられ、放置された人間。
 何の譬喩か。
 次に登場する「鳥肉」「魚」は「肉体」の言い換えかもしれないが、すでに「肉体」が出てきているから、ここで「鳥肉」「魚」を出すと、逆に「人間」が消えてしまう。そういうものを間にはさまずに、直接「線虫」へと結びつけた方が、「人間」のなまなましさが出ると思う。
 もう「人間」ではなくなって(もちろん、キャベツ、茄子、玉ねぎでもなくなって)、「線虫」に生まれ変わって、抗議している。放置されたことに対して文句を言っている。「かさこそかさこそ」。ことばにはならない。しかし抗議である。抗議は生きている。
 それを「軽快」と呼ぶところに、いのちへの讃歌がある。
 
複数のかそかそが軽快に走りまわる

 この一行は「いた」のように「過去形」ではない。「現在形」は「のぞかせている」にすでに登場している。その前の「玉ねぎもいて」も「現在形」ととらえることができる。「いた」が「擬人化」を経ることで、「現在形」に変わっている。
 この「暴走」あるいは「過剰」のなかに詩がある。

鳥肉か魚かは知らぬが

 は、「論理のいいわけ」のようなもので、詩を弱くしている。それが残念。もっとことばを暴走させればいいのに、と思う。

 巻頭の「かもしれない」の二連目。

きいてくれるかもしれない
こばまれるかもしれない
くりかえすしかもしれない
とめることができるかもしれない
しんじていいのかもしれない

 五行で終わるのではなく百行つづけば、私は詩を信じる。






*

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