吉川宏志『石蓮花』 | 詩はどこにあるか

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吉川宏志『石蓮花』(書肆侃侃房、2019年03月21日発行)

 吉川宏志『石蓮花』は「現代歌人シリーズ26」。読んだ印象は、このシリーズの作品群とは少し違う。


冬の日をたがいちがいに紐とおす新しき靴は濃き匂いせり

赤青の蛇口をまわし冬の夜の湯をつくりおり古きホテルに


 「透明感」の表わし方が違う。感情(センチメンタル?)を全面に押し出す、そのために構造を明確にするというよりも、肉体の動きをしっかりつたえる。感情は、肉体が動いた後、ゆっくり奥からあらわれてくる。
 「冬の日」は「たがいちがい」のなかにある動きが「とおす」によって強くなる。相互に響きあう。書かれていない「交差させ」が「とおす」によって、逆に、まっすぐになる。感情がととのえられるまでの時間というものを感じさせる。
 「赤青の」は「まわす」から「つくる」へと動詞が変わる。「古きホテル」はセンチメンタルになりそうで、そうならない。動詞の力だ。


みずうみの岸にボートが置かれあり匙のごとくに雪を掬いて


 美しい情景だが、「いま」の風景と呼ぶにはことばが古すぎるかもしれない。「匙」が古いというのではなく「掬う」という動詞が古い。動詞なのに、ここでは肉体が動いていない。見ているだけだ。


時雨降る比叡に淡き陽は射せり常なるものはつねに変わりゆく


 この歌も「見ている」歌だ。「意味」が強くて、肉体が置き去りにされている。


初めのほうは見ていなかった船影が海の奥へと吸いこまれゆく


 この歌も「見ている」作品だが、「見ていなかった」という「見る」を否定することばがあるために、後半の書かれていない「見ている(見る)」が肉体の動きとしてしずかに迫ってくる。「奥」ということばが、それを誘い出す。「吸いこまれ」てゆくのに、逆に奥からあらわれてくるものがある。「初めのほう」という時間であり「見ていなかった」という肉体の動きだ。


部活より子は帰りきて夜の更けに風呂の蓋たたむ音がひびけり


 これは「聞いている」歌。でも「風呂の蓋をたたむ」その姿、いや、そのときの「気持ち」が見えてくる。どんな気持ちを内に秘めて蓋をたたむのか、その時の音はたとえば自分がたたむときの音、あるいは妻がたたむときの音とどう違うか。そういう違いをこそ聞いている耳がここにある。


昼休み終わらんとして缶の底ねばつくようなコーヒーを飲む


 「ねばつく」はコーヒーを修飾していることばだが、コーヒーというよりも作者の「感情」を語ることばのように感じられる。「飲む」という動詞もコーヒーを飲むというよりも、「ねばつく」という動詞そのものを飲むように迫ってくる。「終わる」と「底」の響きあいがリアルだ。
 私は肉体が動いていることばが好きだ。





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