池澤夏樹のカヴァフィス(70) | 詩はどこにあるか

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70 イグナティオスの墓


ここにあるのはクレオンではない。


 と始まる。
 池澤の註釈。


修道院に入ったときに世俗の名を捨てて新しい名をつけるという習慣は広く行われた。


 つまり、かつては「クレオン」という名前だったが、修道院に入って「イグナティオス」という名を得て、そして死んだということ。
 その最後の三行。


わたしはイグナティオス、朗唱係、まことに遅れて
知恵に目覚めたる者。それでもわたしは十か月を幸福に、
キリストの静謐と安泰のうちに、送ることができた。


 さて、カヴァフィスはその最期を、それでよかった、と言っているのだろうか。よくわからない。私には否定型で書かれるクレオンの方に魅力を感じる。


アレクサンドリアで(容易に驚かぬ人々の都)
輝かしい何軒もの家と庭園によって、
多くの馬と馬車によって、宝石や
絹の衣装によって、広く知られたわたしではない。
違う、ここにあるのはかのクレオンではない。


 繰り返される否定によって、逆に否定されていることが浮かび上がってくる。繰り返し書かれることこそ、カヴァフィスにとっての「真実」だ。
 否定しても否定しても、思い出されるのは、否定したはずのことなのだ。
 もしこれが墓碑銘なら、とてもおもしろい。わざわざ否定をことばにしたのだ。ことばにせずにはいられなかったのだ。
















 


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