池澤夏樹のカヴァフィス(8) | 詩はどこにあるか

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8 老人の魂


古びたぼろぼろの身体の中に
老人の魂が坐りこんでいる。


 と始まる詩に、池澤は、こう書いている。


肉体に幽閉された魂が歌われる。


 こういう注釈は必要なのだろうか。
 私は、次の行に注目した。


その生を失うまいと魂は身をふるわせ
生の混乱と矛盾を愛しつづける、


 「生」が二回出てくる。繰り返すことで、カヴァフィスは、生を「失うまい」とすることは生を「愛する」ことだと言いなおしていることがわかる。しかも「混乱と矛盾」を愛する。混乱も矛盾も、否定的に語られることが多い。そういう否定的なものを排除するのではなく、愛する。これは、なかなか「意味」をとりにくいことばである。
 だからこそ、そこには「ふるわせる」という動詞も一緒に動く。
 「ふるわせる/ふるえる」は、動揺である。「確信」があるのではない。ふるえながら「愛する」。 あるいは、「ふるえ」を乗り越えて、愛そうとする。
 ここから何を読み取るか。
 私は「老人」ではなく「若者」(青春)を感じる。あきらめなければならないとわかっていても、あきらめきれない。愛さずにはいられない。そこに青春の切ない苦しみを感じる。
 「悲壮にも滑稽な姿」ということばが最後の行に出てくるのだが、悲壮と滑稽が似合うのは、むしろ「若者」である。
 それを客観的にみつめ、ことばにした瞬間に、若者は「老人」に変わる。カヴァフィスと「老人」になって、老人の中に残る「青春」を描いている。取りかえしがつかない、という思いを抱きながら。






 


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