佐々木洋一「生きもの」(「ササヤンカの村」23、2015年08月発行)
佐々木洋一「生きもの」は一行のあと一行の空きがある。一行ずつ独立した「連」なのか。「連」ではないかもしれないが、空きなしだとちょっと窮屈かもしれない。微妙なスタイルである。
水田の中を小さな生きものが通りかかると
波紋がゆれます
それで何か生きものがいるのだとわかるのです
書き出しの三行(あるいは三連)。三行目の「それで」が、とてもおもしろい。「それで」ということばは、前に書かれていること(ことば)を指している。「一行空き」が「そ」を独立したものとして「くっきり」と浮かび上がらせる。ふつうの詩のように(?)行がつながっていると「詩」ではなく「散文」の連続性(論理の「整合性」)が目立ち、窮屈になる。「一行空き」が不思議な「間」になり、ことばがゆっくり往復する。
そのとき「小さな」なものが、「間(あるいは余白)」によって、大きく見えるのである。集中力が高まる感じ。そして、この詩は「小さな」がキイワードだな、とわかる。「小さな」は一行目に書かれているだけだが、二行目にも三行目にも隠れて存在している。つまり二行目三行目の血肉になって、それらの行を支えている。強くしている。
水田の中を小さな生きものが通りかかると
「小さな」波紋がゆれます
それで何か「小さな」生きものがいるのだとわかるのです
さらに、
水田の中を小さな生きものが通りかかると
「小さな」波紋が「小さく」ゆれます
それで何か「小さな」生きものがいるのだと「小さく」わかるのです
と言い換えることができるだろうと思う。
この三行目の
「小さく」わかるのです
というのは「学校文法」からは外れたつかい方なので、奇妙に見えるかもしれない。けれど、その「奇妙」に見える部分、奇妙に隠れている部分こそ、この詩のポイントだと私は感じている。
あ、と思う。それは勘違いかもしれない。錯覚かもしれない。小さくて見えないのだから。でも、その見えないものを、こころが感じる。こころが反応する。それが「ちいさくわかる」。
「大きく」わかるのではない。「大発見」ではない。そのことが「わかる」(そのことを「発見した」)からといって「世界」が変わるわけではない。変わらずに、いままでどおりに存在する。田んぼは田んぼのまま。小さな生きものは小さな生きもののまま。そして波紋は知らない間に消えていく。でも、その世界を「わかる」ことによって、気持ちが変わる。「気持ちの見ている世界」が変わる。いっしょに、何かが生きている、と感じてうれしくなる。
このことばにつづくことばも、みんな「小さな」発見、「小さな」気づきである。その「小ささ」に佐々木は寄り添う。
いのちとはそんなものでしょうか
ふと通りすがりに坐った石 見つめた花 そっぽを向いた草
そのようなものがわたしの近くにいて
そっといのちを絡めると
こころの波紋がゆれます
「小さな」という形容動詞を副詞にすると「そっと」ということになるかもしれない。「そっと」を補ってみると、佐々木の「気持ち」がもっとわかる。
いのちとはそんなものでしょうか(「そっと」、そう思う=「小さくわかる」)
ふと通りすがりに「そっと」坐った石 「そっと」見つめた花 「そっと」そっぽを向いた草
そのようなものがわたしの近くに「そっと」いて
そっといのちを絡めると
こころの波紋が「そっと」ゆれます
「小さな」と「そっと」がいっしょになって、世界を浮かび上がらせている。そしてとれは、やっぱり「大発見」なのではなく、「小さな」気づきなのである。この「小さな」と「そっと」は、それがいっしょになるとき、きっと「大切な」ということばを隠していっしょになる。
ふと通りすがりに坐った「大切な」石 見つめた「大切な」花 そっぽを向いた「大切な」草
そのような「大切な」ものがわたしの近くにいて
そっと「大切な」いのちを絡めると
こころの波紋がゆれます
こうした思い、「いのちとはそんなものでしょうか」は、こころに「そっと」浮かんだ「小さな」思いだが、「大切な」思いでもある。そして、その「大切」は「こころ」でもある。
ひとはだれでも「キーワード」を繰り返し書くことはない。めったに書かないのがキーワードである。そのひとにとってはわかりきっていることなので書く必要がないのがキーワードである。
そういうことばを作品の中から見つけ出して、それを気がついたところに補ってみる。そうすると、その詩の「言いたいこと」(ことばになっていないこと)が見えてくる。
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